「東大は何のために六大学にいるんだ」、野球部主将・松岡泰希が出した答えは"勝つため"。「勝たなかったら存在に意味はない」

  • 宮部保範●取材・文 text by Miyabe Yasunori

文武両道の裏側 第9回
松岡泰希(東京大学野球部) 後編

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東京大学野球部主将の松岡泰希捕手。自身最後のシーズンへ挑む東京大学野球部主将の松岡泰希捕手。自身最後のシーズンへ挑むこの記事に関連する写真を見る
「東大を勝たせてみろ」。恩師のその言葉に押され、東大への進学を志し、みごと現役合格を果たした野球部主将の松岡泰希捕手(教育学部4年・東京都市大学附属高)。入部当初はレギュラーではなかったが、1年春に早くも"神宮デビュー"を果たした。部内のAチーム35人に選ばれ、2年からは寮生活を送っている。3年からほぼすべての試合でマスクを着け、チームを引っ張っている。

 少年野球時代に強肩を見込まれ、投手から捕手へと転じた。今では、スピードガンによる測定で球速144kmを記録し、捕手としての能力指標のひとつである2塁送球タイムは1.85秒と、東京六大学野球屈指のスコアを記録するまでに成長している。

 しかし、松岡の抱いてきた「東大を勝たせる」という目標は、容易ではない。事実、松岡が入学以前、最後に東大が勝ったのは2017年秋季のことである。以来、3つの引き分けをはさむも、64連敗を喫し、松岡が3年の春季最終戦で勝ち星をあげるまで、足かけ5年、8シーズンを要した。

 野球部員全員が、俗にいう文武両道の先を行くような集団で、松岡は学生野球最後の年に主将という立場で臨んでいる。六大学野球で勝つために東大に入った松岡は、いかにして勝利をつかんでいくのか。一筋縄ではいかない状況で、チームをどう勝利へと導いていくのだろうか。

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「勝つこと以外、何も重要じゃない」

ーー東大野球部は昨春まで64連敗していました。勝てないながらも、常に勝利を目指して取り組んでいると思いますが、負け続けるなかでどういう気持ちだったのでしょうか?

松岡泰希(以下、松岡) もう本当に勝とうと思って、みんなで戦っていますね。今日は無理だなとか、きついなと思いながら戦ってるわけじゃないんで。

ーー東大でこれまでプレーしてきたなかで印象に残っているのは、どの試合ですか?

松岡 一番印象に残っているのは2021年、僕が3年だった秋のリーグ最終カードの初戦。あと1勝というところで、最下位脱出を逃してしまった法政大学戦です。絶対勝ちにいこうという試合で簡単に負けてしまった。その時に味わった悔しさが、勝ちへの執念につながっています。

ーー勝って連敗を64で止めたことよりも、負けた悔しさのほうが大きいんですね。

松岡 すごくおこがましい話ですけど、じつは連敗を止めた時に「勝つってこんなもんか」って思っちゃったんですよ。僕自身、大学でずっと勝った経験がなくて、勝つってどんなんだろう、どういう世界なんだろうって思ってやってきました。そして、ようやく勝った。なのに、「こんなもんか」と思ってしまったんですね。

 勝つ時はうまくいくし、勝ったからといって何か世界がひっくり返るわけではなかった。野球で勝つことで世界をひっくり返す力もない。まして僕らが六大学野球で勝ったところで、日本の1億3000万人のうち、どれだけの人が見ているかといったら、そんなには見ていないんです。

ーー追い求めてきたものは、虚像だったのでしょうか?

松岡 そんなに大きいことじゃないなと。それまで僕のなかでは、東大が勝つってことはすごく大きかったんですけど。でも、こういう小さなことに本気でぶつかってるんだったら、やっぱ遊びで終わっちゃいけないと思えました。遊びなんだったら別に何も本気でやらなくてもいいなと。小さいこと、誰にも影響しないかもしれないことだからこそ、本気で向き合いたいなと、今は思っています。

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