甲子園に異様な光景。山梨学院「バントシフト」の発案者はあの人物、パワー全盛の高校野球に一石を投じた

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro
  • photo by Ohtomo Yoshiyuki

タイブレークでのバントシフト

 それは異様な光景だった。

 1対1の同点で迎えた延長13回裏。後攻の木更津総合のタイブレークに入る際、山梨学院は思いきったバントシフトを敷いた。

 一塁側のフェアゾーン前方にふたりの野手が並ぶ。ひとりはファーストの高橋海翔で、もうひとりはセカンドの鈴木斗偉と思いきや、鈴木は定位置に守っている。高橋の隣にいるのは、センターの岩田悠聖だった。本来のセンターのポジションにはライトの星野泰輝が入り、ライトにはぽっかりと無人地帯ができた。

タイブレークで極端なバントシフトを敷いた山梨学院タイブレークで極端なバントシフトを敷いた山梨学院この記事に関連する写真を見る 甲子園球場のバックネット裏には、どよめきが広がった。選抜高校野球大会(センバツ)にタイブレークが導入されて5年目。今までにない光景に、自然とスタンドの観衆は前のめりになっていった。

 木更津総合の打者は3番の菊地弘樹。右の強打者だが、ここで木更津総合の五島卓道監督は菊地に強攻策を指示する。

「相手の陣形を見て、バントからヒッティングに切り替えました。できればライト方向に打ってほしいなと」(五島監督)

 一方、バントシフトを敷いた山梨学院の吉田洸二監督には、こんな狙いがあった。

「私たちの攻撃が0点に終わり、1点取られたら終わりですので、相手の作戦を『バント』から『打つ』に変えたいと思いました。相手の打ちミスにかけるためのシフトでした」

 打球がライトに飛んだら終わり。それでも、吉田監督は「右打者のインコースを突けば、ライトに飛ぶリスクが減る」と勝算があった。山梨学院バッテリーは菊地のインコースを攻め、レフトフライに打ち取った。

満塁策もまさかの結末

 だが、山梨学院サイドにとって誤算だったのは、菊地に打球をレフト後方まで飛ばされてしまったことだ。二塁走者の山田隼がタッチアップし、三塁に進む。山梨学院ベンチで戦況を見守っていた吉田健人部長は、悔しそうに振り返る。

「次の4番打者の水野(岳斗)くんには、最低でも犠牲フライを打たれると思いました。それなら水野くんを申告敬遠して満塁にしたほうがいいと。(エースの)榎谷(礼央)なら押し出し四球はなくても、死球が怖い。それでも、次の左打者ならボールが抜けて死球になることはないだろうと」

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