「イチロー先生」が教えてくれたこと。センバツ出場の國學院久我山監督「選手の成長を倍速にしてくださった」
國學院久我山高校を訪れたイチローこの記事に関連する写真を見る「イチローさん、ウチの齋藤誠賢とキャッチボールをしていただけないでしょうか?」
31歳の若き指揮官・尾崎直輝監督は、恐る恐るイチローに申し出た。
2021年11月29日、イチローが東京都杉並区にある國學院久我山高校の練習に現れた。部員のしたためた手紙にイチローが応える形で実現した特別な一日。そこでイチローのキャッチボールパートナーとして、尾崎監督は2年生外野手の齋藤を推薦している。
「齋藤は右投げ左打ちで抜群に身体能力が高くて守備もうまいんですけど、投げるにしても打つにしてもパワーが足りない選手でした。そこへイチローさんという、スピードがありながら出力値の高い方が来てくださって。なんとか齋藤が伸びるきっかけにしてもらいたいと思ったんです」
全国的な知名度は乏しいものの、齋藤は将来有望な外野手だ。昨秋の東京大会では1番打者として22打数12安打、打率.545という驚異的な成績をマーク。手動のストップウォッチで50メートル走5秒8を計測する脚力があり、センターでの守備範囲の広さは超高校級と言っていい。
そんな齋藤にとってイチローは、憧れを超えた存在だった。
「幼稚園の頃、イチローさんが大好きで左打ちに変えたんです。バットから動きまで全部マネしていましたし、ずっと目標にしていました」
齋藤が生まれた2004年には、すでにイチローはMLBで輝く大スターだった。幼い齋藤の脳裏には、「ショートバウンドの球をセンター前に運んだ」イメージが残っている。そんな天上人が自分の高校にやって来る。それは信じられない大事件だった。
「イチローさんが来る噂は聞いていたんですけど、来るわけがないと思っていました。でも、本当に来てくださって、そこで動いていて......。近くにいていいのか? って思ってしまいました」
尾崎監督からは事前に「一番吸収できる部分があるのはお前だ」と言われていた。いざ、イチローと向かい合ってキャッチボールが始まると、齋藤は「夢のようだ」とふわふわ上気していた。
だが、そんな甘い感傷をイチローのバックスピンの効いたボールが切り裂いた。
「短い距離からでもビックリするくらいきれいな回転で、捕ったら左手が痛いんです。『これが本物のレーザービームか!』って感じて、うれしかったですね」
だが、今度はイチローに返球しようとすると手が震えた。「いい回転にしなきゃ」と焦れば焦るほど、シュート回転が増していった。
「もっと回転を意識してみよう」
イチローからはそんなアドバイスを受けたが、緊張から思うような球筋にならない。そんな自分がもどかしかった。
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