令和版「スローカーブを、もう一球」。
西武台・増田優真は遊び心で開花 (2ページ目)
さすがに石川も頭にきたのか、2球目のスローカーブを強振すると打球はライト前にポトリと落ちた。結果はともかく、この投球を見てノンフィクション作家・山際淳司氏の名作『スローカーブを、もう一球』が思い出された。
同作は1981年春にセンバツ出場を果たした高崎高校(群馬)のエース・川端俊介を主人公にした短編である。川端は人を食ったようなスローカーブを武器に、1980年秋の群馬県大会、関東大会を勝ち上がっていく。増田の投球には、この川端と重なるものがあった。
川端はスローカーブを投げたあと、ストライクが入るといつもニヤッと笑っていたという。スローカーブを投げたときこそ、自分らしさを感じていたというのだ。
増田もきっと、人を人とも思わない意地の悪い性格をしているのだろう――。そんな想像を抱いて増田本人に話を聞いてみると、すぐに肩透かしにあったような気分になった。つぶらな瞳でこちらを見つめる増田は、人を騙すような人間にはとても見えなかったのだ。
「もともと球速が出なかったんですけど、どうやったら勝てるかな、と考えてコントロールやキレを求めていきました。小学5年くらいからこのスタイルですね。『本気で投げてないだろ』ってよく言われるんですけど、力を抜いてるわけじゃないです」
もちろん、増田のコントロールがいいのもキレがいいのもわかる。だが、スピード全盛、パワー全盛の現代高校野球で快投を重ねられる答えにはなっていないように感じた。そこでスローカーブを投げるときの心境を聞くと、増田は「疲れていたので......」と答えた。思わず「えっ?」と問い返してしまったが、どうやら増田には打者の打ち気をそらす意図はなく、全力で投げなくてすむスローカーブは疲れのたまる終盤に投げたい球種ということのようだった。
その後も問いを重ねるが、芯を食った回答が返ってこない。西武台の福喜多繁尊(ふくきた・しげたか)監督が「増田に何か聞いても、今ひとつちゃんとした答えが返ってこないんです」と苦笑していたことが思い出された。自分の秘密を探られないために、はぐらかそうと演技しているようにも見えない。なぜ増田が打たれないのか、謎はますます迷宮へと突き進んでいった。
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