2019.07.20

佐々木朗希が163キロよりも
目指すべきもの。「急がば回れ」の夏

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro
  • photo by Kyodo News

── 佐々木くんの本気のストレートと本気の変化球、どっちのほうが捕るのが大変ですか?

 大船渡の正捕手・及川惠介に興味本位でそう聞いてみると、及川は少し考えてから、こう答えた。

「どっちも大変なんですけど、でも『163キロ』が本気だとしたら、僕もまだ受けたことがないのでわからないんです」

 その言葉を聞いて、あらためて実感した。佐々木朗希が今年に入って「本気」を出したのは、たった1日だけだということを。

一戸戦で6回参考記録ながらノーヒット・ノーランを達成した大船渡の佐々木朗希 4月6日、佐々木は侍ジャパンU-18代表候補合宿の紅白戦で、163キロを計測した。その日の登板後、佐々木は「変な力が入ってしまった」と言った。甲子園出場経験のない佐々木にとって、右を見ても逸材、左を見ても逸材という環境で野球をするのは初めてのこと。無意識のうちにアドレナリンが分泌され、リミッターが外れたのだろう。

 筆者は幸運にも、そのとんでもないボールを現場で目撃した。誇張でもなんでもなく、捕手を務めた藤田健斗(中京学院大中京)の命が心配になった。これほど暴力性を帯びた剛球を見たことがなかった。

 だがその後、佐々木が160キロを超えるボールを投げたことはない。4月中旬に骨密度の測定をした結果、佐々木の体は成熟していないことがわかった。大船渡の國保陽平監督は「163キロは出てしまいましたが、まだ球速に耐えられる体ではないということです」と説明した。それ以来、力をセーブする投球術を磨いている。

 春の公式戦はわずか1試合、3イニングしか投げなかった。唯一登板した沿岸南地区予選での住田戦、バックネット裏で球速を計ったスカウトによると、139キロが最速だったという。明らかに力感がないフォームに、「故障でもしたのか?」と心配になるほどだった。登板後、佐々木は力加減を聞かれて「4~5割でした」と答えている。

 とはいえ、この投球が盛岡大付や花巻東など、県内の強豪相手に通用するとはとても思えなかった。夏はどうするのだろう。そんな疑問にひとつの答えを出したのが、夏の岩手大会3回戦の一戸戦である。