2019.07.09

佐々木朗希だけじゃない。岩手の
公立校の強肩強打捕手にプロも注目

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro
  • photo by Kikuchi Takahiro

「センキタ打つぞ~!」

 10メートル×20メートルほどの小さな室内練習場に大きな声が響く。だが、その場でティーバッティングをしていた20人近い部員からは威勢のいい反応が返ってこない。

「あれ、2人しか返事してねぇよ!」

 そう言ってあきれたように身をすくめたのが、黒沢尻工業の野球部を率いる石橋智監督である。「センキタ」とは、7月13日に岩手大会初戦で対戦する専大北上のこと。新チーム結成後3戦3敗している天敵を意識した檄だったが、選手は一歩引いているように見える。

高校通算38本塁打の強打者、黒沢尻工の石塚綜一郎 石橋監督のフレンドリーぶりは、初対面の人物なら必ず圧倒されるはずだ。会話をすれば1分に1度は笑い話を交えるサービス精神があり、場をなごませる。メディアにとってはありがたい存在である。しかし、日常的に接する選手たちにとっては、感覚が麻痺していくのかもしれない。ある選手が冗談混じりに言った言葉に、深く納得させられてしまった。

「松岡修造さんだって、たぶん毎日一緒にいたら疲れるじゃないですか」

 けっして嫌われているわけではない。なかには「監督引退後はよしもとクリエイティブ・エージェンシーに入ったほうがいい」と語る部員もいる。だが、石橋監督と野球部員の関係は、まるで陽気な父親にクールに接する思春期の息子たちの構図そのものだった。

 黒沢尻工は公立校だが、学校の近所にある民営の寮で暮らす寮生もいる。58歳の石橋監督も寮に住み込んでいるため、寮生にとっては比喩ではなく、父親代わりなのだ。

 石橋監督は経歴もユニークだ。1986年夏には秋田工の監督として25歳にして甲子園に出場。その後は青森大の監督になり15年間で大学選手権8回、明治神宮大会1回出場に導き、青森山田中でも指導者を務めた。中学、高校、大学の3カテゴリーで全国大会に導いた指導者はほとんどいないだろう。

 岩手県の公立高校の指導者に転じた後、2015年に黒沢尻工に赴任すると、低迷していた古豪を再建。2017年秋には県大会準優勝、東北大会ベスト8、近年は県ベスト8の常連へと育てている。