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レジェンド始球式に登場する金村義明。
荒木大輔と戦ったあの夏の真実 (5ページ目)

  • 元永知宏●取材・文 text by Motonaga Tomohiro
  • 岡沢克郎●写真 photo by Okazawa Katsuro

 劇的なサヨナラ勝ちで早実を破った報徳学園は、準々決勝で今治西(愛媛)を3-1で下し、準決勝で大会ナンバー1サウスポーの工藤公康(現福岡ソフトバンクホークス監督)のいる名古屋電気(現愛工大名電)を3-1で退けた。そして決勝では、京都商業(京都)に2-0と3安打完封勝ちを収め、全国制覇を成し遂げた。

 決勝戦で最後のバッターを三振で打ち取った瞬間、金村は両手を上げてマウンドで飛び上がった。

「前年の甲子園優勝校の横浜と、準優勝校の早実に勝ったわけやから、その後はどこにも負けるはずがないと思っていた。もし負けたら、荒木たちに申し訳ないという気持ちもあった。もう怖いものは何もなかったね」

 兵庫大会から甲子園決勝まで全イニングを投げ切った金村に疲労がなかったはずはない。

「兵庫の予選も甲子園6試合も全部ひとりで投げ切ってヘトヘトやった。でも、最後のバッターから三振を取った瞬間、飛び上がってね。もう力なんか残ってなかったはずなのに。

 それまでは勝つために変化球ばかり投げて抑えてきたけど、最後の最後だけはストレートで勝負したかった。京都商業の最後のバッターが出てきたとき、これでピッチャーとしては終わりやと思ったからね。アウトコースの低めにストレートを投げて、見逃し三振。そこで気持ちが爆発して、あのジャンプになった。最後はピッチャーとしての意地やね。『すべて終わった!』と思ったよ」

 エースで四番としてチームをけん引し、甲子園で日本一になる。そんな野球少年の夢が現実になった瞬間だった。

 軟式野球出身の金村にとって、リトルリーグ世界一の実績を持つ荒木はエリートの象徴だった。だからこそ、自らの手で倒す必要があったのだ。

「荒木はリトルリーグで世界一になった男で、あの王貞治さんの母校である早実のエースで、1年生の夏に準優勝して、関西の女の子にキャーキャー言われとる。実際に甲子園に出てみたら、早実の選手だけ特別扱い。となれば、こっちはジェラシーの塊になるしかない。『絶対に負けたくない』ってなったよね」

 ジェラシーを力に変えて、金村は日本一まで上り詰めたのだ。

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