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【自転車】片山右京×今中大介「日本の国力を強くしたい」 (4ページ目)

  • 西村章●構成・文 text by Nishimura Akira TOBI●写真 photo by TOBI

 そのためにはもちろん、財政面でもしっかりとした基盤を整えることが重要で、チームの財政規模を充実させていくために、3つから4つくらいのアプローチを考えています。

今中 プロツアープロコンチネンタルレベルのチーム規模に持っていくのは、本当に大変な作業だと思うけど、でもこうやって聞いていると、3本くらいは道筋があるわけだね。

片山 そう。たとえば、どこかのグローバル企業にお願いしてスポンサーが付けば、それはとても近道なのもしれない。だけど、人のふんどしで相撲を取ったところで、しょせん彼らが辞めればこちらも終わってしまう。あるいは政治家に頼ったとしても、短期的にはお金を引っぱってくれるかもしれないけれど、2020年の東京オリンピックが終われば潮が引いたように、絶対みんな去っていく。だから、「なぜ僕たちがこれをやらなければならないのか」というコアの部分は、絶対に崩しちゃいけない。それは、将来の若い人たちの「日本の国力のため」だから。でも、過去にはたぶん、僕たちと同じような問題にぶつかってきた人たちが必ずいて、彼らがいろんなヒントを今の僕たちにくれるということも分かってきた。

今中 自分が実現できなかったことを今に託すとか、あるいは右京さんがそこまで思っているのなら何とかしてあげたい……っていう。

片山 何をやっても、最後に行きつく場所や、ぶつかる壁は同じなんだということが分かったし、それをクリアしようと思ったら、お金さえあれば解決できるわけではないということも分かった。オピニオンリーダーがいて、リーダーシップを取って、きっちりとマネジメントしているところは、企業であれ何であれ、ガンガン進んでいく――。そういうことなんだな、って。

(次回に続く)

著者プロフィール

  • 片山右京

    片山右京 (かたやま・うきょう)

    1963年5月29日生まれ、神奈川県相模原市出身。1983年にFJ1600シリーズでレースデビューを果たし、1985年には全日本F3にステップアップ。1991年に全日本F3000シリーズチャンピオンとなる。その実績が認められて1992年、ラルースチームから日本人3人目のF1レギュラードライバーとして参戦。1993年にはティレルに移籍し、1994年の開幕戦ブラジルGPで5位に入賞して初ポイントを獲得。F1では1997年まで活動し、その後、ル・マン24時間耐久レースなどに参戦。一方、登山は幼いころから勤しんでおり、F1引退後はライフワークとして活動。キリマンジャロなど世界の名だたる山を登頂している。自転車はロードレースの選手として参加し始め、現在は自身の運営する「TeamUKYO」でチーム監督を務めている。

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