2022.05.18

阪神歴代ベストナインをますだおかだ増田英彦が選出。ショートに新庄、投手はまさかの「昭和の怪物」

  • 石塚 隆●取材・文 text by Ishizuka Takashi
  • photo by Kyodo News

嗚呼!すばらしき球団・クラブ愛 『ファン魂』
連載 第9回 ますだおかだ 増田英彦(阪神タイガース)
インタビュー後編

芸能人など著名な方々が、好きなプロ野球球団やサッカークラブなどについての"愛"を語る連載『ファン魂(たま)』。第9回は、芸能界屈指の阪神タイガースファンとして知られる、お笑いコンビ・ますだおかだの増田英彦さんにインタビュー。長年、阪神を応援し続ける増田さんに、独自の視点で阪神の歴代ベストナインを選出してもらった。 今季の阪神について語った前編から読む

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「空白の1日」を除いてずっと阪神ファン

ーー増田さんは大阪府守口市生まれで、物心ついた時から阪神ファンなんですよね。

増田英彦(以下、増田) 親父が熱狂的なファンだったので、その影響ですね。気がつけば身近にデイリースポーツがあって、それが僕の絵本でした(笑)。子どもの頃、初めて甲子園球場に行った時は一塁側の内野席だったんですけど、座席に立って旗を振っていたことを思い出します。で、家に帰ると近所のおっちゃんに「おい、ヒデ君、テレビに映っとったで」と言われて、どうやらその姿がサンテレビの中継に抜かれていたみたいなんですよね。それがたぶん僕のテレビ初出演だと思います(笑)。

ーー世代的に1985年の球団初の日本一が思い出深いのでしょうが、低迷していた時期も長らくありました。

増田 あまりにも阪神が弱いので、ある日、親父が「わが家は今日から阪神ファンをやめる!」と言い出したことがあったんです。で、僕にヤクルトの帽子を買ってきて「明日から学校にかぶっていけ!」と。学校に行くと「なんでヤクルトやねん!」って言われるので、「阪神がずっと最下位やから親父がファンやめるって渡されたんや」って返すと、「ヤクルトは5位やないか!」と突っ込まれて(笑)。ほんで家に帰ると、親父がサンテレビを見て阪神を応援しているわけですよ。

ーー話がちゃうやないかと(笑)。

増田 ホンマですよ。その日以来、ヤクルトの帽子はかぶらずじまい。阪神ファンをやめたあの日を僕は「空白の1日」と呼んでいます(笑)。それ以外はずっと阪神ファン。

ーーサラリーマン時代は広告代理店で阪神の担当をしていたと聞いています。

増田 そうなんですよ。入社をした1992年はちょうど亀山努・新庄剛志の「亀新フィーバー」の時でした。内定をもらった前年、会社から「入社までに毎日、新聞記事から何でもいいからひとつテーマを絞ってレポートを書きなさい」と言われたんです。じゃあ好きなタイガースをテーマにしようと思い、当時のドラフト1位で連日話題になっていた萩原誠さんの記事を切り抜いてレポートにしたんです。そしたら阪神の担当部署に所属になったんですよ。わかりやすいですよね(笑)。

ーーそんなご縁があったとは。どんな選手が好きだったんですか?

増田 まあ小さい時は、誰でもそうであるようにキラキラした選手が好きになるんですけど、大学生ぐらいになると気持ちが伝わってくるような選手に興味を持ちましたね。たとえば、炎のストッパー田村勤投手。選手としては地味だったかもしれませんが、最後に出てきて感情むき出しの気迫あふれるピッチングは本当に大好きでした。当時阪神は弱かったんですけど、そういう時に淡々とプレーしているよりも、気持ちを出して頑張っている姿のほうがハートに響くものがあったんでしょうね。

ーー思い入れの深いチーム、増田さんにとって阪神タイガースとは?

増田 最初に好きになって、きっと最後まで好きなんだろうなって思います。プロレスや格闘技などいろんなものを好きになったけど、阪神は人生の最初から最後まで夢中になれる存在です。だから今でも阪神の監督になることはあきらめてはいませんよ(笑)。