2019.05.01

北島康介の名言「ちょー気持ちいい」が
生まれたアテネ五輪の舞台裏

  • 折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi
  • photo by AP/AFLO

平成スポーツ名場面PLAYBACK~マイ・ベストシーン 
【2004年8月 アテネオリンピック 北島康介】

 歓喜、驚愕、落胆、失意、怒号、狂乱、感動……。いいことも悪いことも、さまざまな出来事があった平成のスポーツシーン。現場で取材をしたライター、ジャーナリストが、いまも強烈に印象に残っている名場面を振り返る――。

 2004年アテネ五輪の100m平泳ぎで優勝した北島康介――。彼が、テレビカメラの前で発した第一声は「ちょー気持ちいい」というセリフだった。しかし、そのすぐ後の記者の囲み取材では一変、ボロボロと涙を流した。その姿に、彼の背負っていたプレッシャーの大きさを感じずにはいられなかった。それほどまでに苦しくつらい戦いだったからこそ、明るさを持った言葉が、口を突いて出たのだろう。

100m平泳ぎで優勝した瞬間、喜びを爆発させた北島康介 高校3年生だった2000年シドニー大会で五輪初出場を果たし、100mで4位になった北島。その後、平井伯昌コーチとともに歩み始め、04年アテネ五輪の金メダル獲得までの道のりは、順調そのものだった。

 シドニー五輪の翌年、01年の世界選手権福岡大会では、水中で大きく伸びる泳ぎで、200mで銅メダルを獲得。その泳ぎをさらに進化させた02年には、8月のパンパシフィック選手権前に肘を痛めるアクシデントに見舞われたものの、100mで優勝。その後の下半身強化が結実して、10月のアジア大会200mではマイク・バローマン(アメリカ)が10年間保持していた世界記録を更新。2分10秒の壁を初めて破る2分09秒97を出し、「今年は世界記録を作る」という目標をクリアした。

 03年の世界選手権バルセロナ大会では「世界の舞台で、ライバルたちに康介の存在感を示してプレッシャーを与えておきたい」という平井コーチの思惑どおり、100mは59秒78の世界記録で優勝。さらに200mでも6月にディミトリー・コモルニコフ(ロシア)に塗り替えられていた世界記録を更新する2分09秒42で2冠を獲得した。

 想定していた構想をすべて成し遂げて臨んだアテネ五輪シーズンだったが、そこからは試練が待ち受けていた。1月には、世界に出て刺激を受けようと短水路のW杯を転戦したが、そこで泳ぎを少し崩してしまった。さらに、帰国してから肘に痛みが出るという負の連鎖。

 そんな状況ながらも、代表選考会だった4月の日本選手権では、50mを含めて3年連続3冠を獲得。不安は払拭できたかに思えた。