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大学から陸上部に入って箱根駅伝出場「超異色マラソンランナー」大石巧のMGC、ロス五輪に懸ける思い (2ページ目)

  • 佐藤俊●取材・文 text by Shun Sato

【長期故障中も「ちゃんと準備ができれば、自分はいける」】

 この後、大石はケガに泣かされ、長いトンネルに入る。両脚の腸脛靭帯を痛め、治療し、治ったかなと思って走り出すと、また痛みが出る。特に右脚の痛みが重く、2022年の夏前から1年間、ほとんど走れない状態が続いた。長期間走れないと気持ちを維持するのが難しくなるが、大石はどのように走れない自分に折り合いをつけていたのだろうか。

「普通、それだけ走れないと腐りそうになりますが、僕には『ちゃんと準備できれば、自分はいける』という変な自信があったんです(笑)。それを心の支えにしていました。あと、やはり地元で友人がいるので、みんなに会うとつらい時間を忘れさせてくれた。いい意味で競技から離れられる環境にいたのも大きかったです」

 初マラソンから2年以上が経った2024年3月、東京マラソンに出場した。脚の痛みはまだ完全に抜けていなかった。それでも、大石にはひとつの区切りとして走りたい理由があった。

 入社時、パリ五輪出場を目指していたんです。東京は最後の出場枠を決めるレースだったので、可能性はゼロに近いですけど、出たいと思って走りました。でも、15㎞くらいで痛みが出て、完走するだけになってしまって......。いつになったら治るんだろうって、さすがに気持ちが折れそうになりました」

 東京マラソンは、2時間2100秒に終わり、走った記録が残っただけだった。先が見えないなか、治療院を何カ所もまわって完治の道を探った。すると、それから1年後、光が見えてきた。

2025年のゴールデンウィークくらいかな、何が決め手になったのかはわからないですが、痛みが消え、ようやくやりたい練習ができるようになったんです。その時、12月の福岡国際マラソンに向けて準備し、結果を出そうと心に決めました」

 足の状態がよくなり、練習メニューをこなせるようになると、徐々に調子が上がっていった。大石の調子のバロメーターは、ジョグの感覚と接地感にあるという。

「ジョグは、毎日同じ時間に走っていて、そのペースで自分の調子のよさを把握しています。同じ力感でも、勝手にペースが速くなっていると状態が上がっているということ。接地感もよく、(前に)進んでいるという感覚が出てきます。

 福岡でやれるかもと思ったのはレースの1カ月前でした。チームメイトの(ライモイ・)ヴィンセントやマイケル(・ギザエ/今年3月末をもって退部)と練習するなか、自分のほうが走れている感覚があった。これだけできれば福岡は戦えるだろうと思っていました」

 2025年12月、大石は福岡国際マラソンのスタートラインに立った。2019年に入社して6年半、初めて自信を持って戦える状態で迎えたマラソンだった。

「レースプランは考えていなくて、30㎞までペーサーについていくだけ。あとは流れにまかせようと思っていました。優勝とか日本人トップとかは考えていなくて、MGC(出場権)を獲ることだけでしたね、こだわっていたのは」

 なぜ、MGCにこだわったのだろうか。

「ロス五輪に通じるレースというのももちろんありますが、過去のMGCの2レースを沿道で観たんです。とても盛り上がっていて、声援もすごかった。両レースともにスタートから設楽(悠太)さん、川内(優輝)さんが飛び出して、他のマラソンにはない展開になって、めちゃくちゃ面白かった。もしかしたら、箱根駅伝を超えるレースはこれかもしれない、MGCというひとつの作品みたいなレースに自分も関わりたい、そう思っていたので、なんとしてもMGCの出場権を獲りたかったんです」

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