青木アリエが語る陸上を嫌いになりかけた2025年「やっている意味がわからなくなってしまいました」 (2ページ目)
だが、大会連覇を果たした6月の日本インカレでは、サブグランドでアップ中に他の選手とぶつかって右手親指の付け根を骨折。「人生初の骨折だったので、どうしたらいいのか全然わからなかった」と、そこからは調子を落とした。
「ケガをしたのが日本選手権の2週間前だったので、そこから練習は積めませんでした。ウエイトトレーニングはしていたけど、右手があまり使えないので体のバランスが悪くなったり、気持ちの面でも動揺していました。それに加えて日本選手権直前に体調を崩して高熱で寝込んだりもして......。でもせっかく帰化もできたし、いろんな人に応援してもらっているから、どんな結果であろうと日本選手権には出ようと決めていました」
しかし結果は、53秒31で3位。最低でも出しておきたいと考えていた52秒台には届かなかったことともに、狙っていた優勝を逃したことがショックだった。それでも世界陸上直前の8月には「海外のレースのスピード感も体験したかった」とヨーロッパ遠征で3レースを走ったが、調子を取り戻すまでには至らなかった。
【折れかけた心を取り戻すまで】
そして迎えた世界陸上東京大会。混合マイルリレーのメンバー発表があったのは、レースの3日前だった。合宿をしていたナショナルトレーニングセンターのひと部屋に集合して知らされたが、名前は呼ばれず。
「その場では泣きませんでしたけど、部屋に戻ってからは大号泣で、泣きっぱなしでした。
翌日は部屋から出たくないくらい落ち込んでいたんですが、『子どものわがままみたいになるのもアレかな』と、練習には顔をちゃんと出していました。出場するメンバーをサポートしなければいけないし、チームとしてみんなを応援しなければいけない立場だったので、『あと3日間耐えるんだ。耐えられたら気持ちも落ち着くだろう』と思って、ちゃんと応援もサポートもしていましたが、やっぱり心のなかは落ち込んだままでした」
開催国枠の出場となっていた日本は記録的に格下だったが、予選第1組では3分12秒08の日本記録で5位。第2組が終わった時点で、各組4位以下の記録上位2チームが決勝に進出できる条件のなかで、日本は3番目で予選敗退が決まった。しかしその後、第2組で2位だったケニアがレーン侵害で失格となり、日本は繰り上がりの2番目で決勝進出を果たした。決勝は3分17秒53とタイムを落として8位という結果で終わった。
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