中島佑気ジョセフは「45秒の壁」を超えてからがすごかった 44秒台連発で「陸上競技の核に触れられている」 (3ページ目)
【世界のトップ選手から学んだこと】
「自己ベストがまだ46秒台でしたが、マイル(4×400mリレー)のラップで44秒6を出したので、(個人種目の400mで)45秒台が出ないわけがない。むしろ出さないといけないっていう気持ちが強くなりました」
実際、オレゴン世界陸上を終えた翌月、中島は自身初の45秒台をマークした。
そして、もうひとつ中島が実感したのが、世界との距離だ。それは「まったく戦えなかった」というネガティブなものではなく、むしろ「遜色なく戦えた」というポジティブな実感だった。また、日本代表として世界と戦ったことで、その自覚と責任も芽生えた。
さらなる転機となったのが、大学4年になる前の冬季に日本陸連の遠征で、南カリフォルニア大学(USC)で合宿を行なったことだ。同大学を拠点とするマイケル・ノーマン(オレゴン世界陸上の男子400m金メダリストで日本人の母を持つ)や、ライ・ベンジャミン(パリ五輪と東京世界陸上の男子400mハードル金メダリスト)といった世界のトップ選手と交流を持つことができた。
英語を話せる中島は、レース戦略のことや、どんな考えを持って競技に取り組んでいるかなどを尋ねたという。
「特にノーマン選手は、僕らが想像するステレオタイプのアメリカ人とは真逆で、めちゃくちゃ繊細ですし、戦略も緻密に立てる完璧主義者でした。お母様が日本人っていうのは僕も一緒ですから、親近感もありました。
そういった選手がプロ意識を持って、毎回選択を迫られるたびに『この行動は陸上にとってプラスなのかマイナスなのか』をしっかり考えて、合理的に進めていく。そういった姿には、本当に感化されました」
この時は短期間の滞在だったが、中島は大きな衝撃を受けた。
「僕はまだ個人で世界大会に出たことがなかったですけど、ノーマン選手やライ選手の走りや考え方に間近で触れて、環境ってすごい大事だなと感じました。
世界のトップでいることが当たり前の環境に自分もいれば、そういった思考に(自分も)変わってきます。世界のトップを目指したいと思った時に、USCでやりたいと思うようになりました」
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