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中島佑気ジョセフは「45秒の壁」を超えてからがすごかった 44秒台連発で「陸上競技の核に触れられている」 (2ページ目)

  • 和田悟志●取材・文 text by Wada Satoshi

【オーダーメイドの指導でついに日本一】

 最初で最後のインターハイは悔しい結果に終わった。だが、山村先生のそんな指導方針もあって、中島は大きなポテンシャルを秘めたまま東洋大に進む。

 そして大学での4年間で、その才能が一気に花開く。

「身長が高いと、それだけ自分の体を扱うために時間がかかる。人よりも多くの技術とか、自分の体をコントロールする筋力が必要になるので、晩成になる傾向はあると思っていました。

 大学2年ぐらいでやっと身長が止まって、それまでは全然自分の体を扱いきれていなかったのが、少し扱えるぐらいの筋力がついてきました。自分の身長の高さや脚の長さをパフォーマンスに発揮できるようになったんです」

 こう話すように、ようやく身長192cmの恵まれた体躯を生かせるようになっていった。

 さらには、東洋大の梶原道明監督の指導も中島に合っていた。

「監督は一人ひとりに対して、その人が必要なことをオーダーメイドで指導してくださいました。僕も監督とのコミュニケーションを絶対に怠らないようにして、気になることや違和感などがあれば、すぐに言うようにしていました。

 そうしたら、監督が処方箋を出してくれる。完全に答えを提示してくれるわけではなく、改善するために必要な道筋を示してくれるので、自分で考える余地があるんです。監督は僕の特性を理解したうえで、親身に見てくださいました」

 大学時代の中島は、毎年のように自己記録を更新していく。高校3年時に48秒05だったのが、大学4年時には45秒04まで伸ばした。そして、大学4年時の2023年の日本選手権では、ついに日本一に輝いた。

 さらに、地元開催の東京五輪には届かなかったものの、世界陸上には2022年オレゴン大会、2023年ブダペスト大会と、在学中に2度出場を果たした。

 一気に日本のトップに駆け上がった中島が「ブレイクスルーだった」と話すのが、4×400mリレーの一員として出場したオレゴン世界陸上だ。

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