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【東京世界陸上】村竹ラシッドのハードリングと男子110mハードルの進化 元名ハードラー・山崎一彦コーチが分析 (3ページ目)

  • 寺田辰朗●取材・文 text by Terada Tatsuo

【世界に猛スピードで近づく110mハードル】

 日本の110mハードルは、2018年に金井大旺が13秒36と日本記録を14年ぶりに更新したのをきっかけに、急速に世界に近づき始めた。

▼2018年以降の110mハードル日本記録の変遷
2018/6/24 13秒36 金井大旺(福井県スポ協)
2019/6/2  13秒36 髙山峻野(ゼンリン)
2019/6/30 13秒36 髙山峻野
2019/6/30 13秒36 泉谷駿介(順大)
2019/7/27 13秒30 髙山峻野
2019/8/17 13秒25 髙山峻野
2021/4/29 13秒16 金井大旺(ミズノ)
2021/6/27 13秒06 泉谷駿介
2023/6/4  13秒04 泉谷駿介(住友電工)
2023/9/16 13秒04 村竹ラシッド(順大)
2025/8/16 12秒92 村竹ラシッド(JAL)

 金井、髙山峻野、泉谷駿介の3人が日本記録更新を繰り返し、東京五輪が行なわれた2021年には13秒06まで縮めている。純粋に速く走るスプリント能力の高い選手が、110mハードルに取り組み始めたことが大きな要因だった。金井10秒41、髙山10秒34、泉谷10秒30と、3人は100mの持ちタイムもかなりのレベルにあった。

 100mの走りは、ハードル間を速いピッチで刻む110mハードルと比べ、ストライドが段違いに大きい。しかし山崎コーチによれば、100mや200mが速い選手の方が、ハードル間を速いピッチで刻むことができるという。大きなストライドで走る練習が必要で、「ピッチを高める練習だけでは頭打ちが早く来る」と、指導現場の経験から感じている。

 またU20年代の選手たちが、「110mジュニアハードルに積極的に出場する環境がプラスに働いた」と日本陸連強化委員長でもある山崎コーチは見ている。シニアのハードルは高さが106.7cmなのに対し、ジュニアハードルは99.1cm。ハードル間は9.14mで同じである。

「ジュニアハードルの記録は(ハードル間の)ペース配分が、シニアの世界レベルに近いんです。U20選手がそのリズムを覚えることで、シニアハードルの記録向上につながったと思います」

 泉谷の13秒06は2021年世界リスト5位と、世界トップレベルだった。だが東京五輪、翌22年のオレゴン世界陸上と、日本勢は決勝に残ることができなかった。日本選手は前半に強いが後半で外国勢に逆転される。そういった展開が多かった。

 その頃から山崎コーチは、後半も外国勢に対抗できる走りとハードリングをどうしたらできるかを考え、泉谷と村竹に提案し始めた。

「前半で余裕を持ちながらスピードを出すことで、後半に余力を残すことができます。着地があるのでブレーキは絶対にかかるんですが、アクセルをそれほど踏まないことがポイントです。アクセルを全力で踏んですぐにブレーキをかけると、疲れてしまいます」

 言葉にすると上記のようになるが、これをレース中に行うのは至難の業と言っていい。実際にスピードを抑えるのは、ハードル間で0.01秒かそれ以下になる。

 しかし泉谷が23年のブダペスト世界陸上で5位、村竹が24年のパリ五輪で5位と、日本選手が世界陸上、五輪とも初めて入賞した。後半も世界と戦う110mハードルを、2人が実行し始めたのだ。世界で入賞し始めてわずか3年だが、世界のトップ記録が停滞しているのに対し、日本の110mハードルはすごい勢いで成長している。

 村竹が地元開催の世界陸上でメダルを取った時、日本の110mハードルが世界と戦うパターンがひとつ、完成することになる。

著者プロフィール

  • 寺田辰朗

    寺田辰朗 (てらだ・たつお)

    陸上競技専門のフリーライター。陸上競技マガジン編集部に124カ月勤務後に独立。専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の"深い"情報を紹介することをライフワークとする。座右の銘は「この一球は絶対無二の一球なり」。同じ取材機会は二度とない、と自身を戒めるが、ユーモアを忘れないことが取材の集中力につながるとも考えている。「寺田的陸上競技WEB」は20年以上の歴史を誇る。

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