【東京世界陸上・男子110mハードル】村竹ラシッドはいかに金メダル候補のハードラーへと成長を遂げてきたのか? (3ページ目)
【試合になるとキャラが一変し集中モードに】
村竹は練習と試合の差が大きい。練習でハードルを跳ぶのは週に1回程度だが、「練習が弱いんです。本番と別人と思うくらいの出力です」と本人も認めている。
しかし試合当日にスイッチが入ると、集中力が一気に増す。山崎コーチも「練習は喜怒哀楽なく淡々とこなしますが、それが試合になるとまったく変わります。試合のキャラにちゃんと持っていける」と言う。
その例として、2年前のDL厦門大会を挙げた。順天堂大の先輩である泉谷がエントリーしていたが、出場できなくなり急きょ、"代打"として村竹に出番が回ってきた。村竹自身は前述のように、"息苦しさ"も感じていたが、山崎コーチの目には"世界の一員"になっているように見えた。
「本当に直前に決まったので、大丈夫かな、と思っていましたが、(ウォーミングアップや招集など試合前の行動を)世界のトップ選手たちと同じ流れでやり出したんです。おどおどしたようなところがなく、完全にDLの雰囲気に溶け込んでいました。自分の試合のキャラに持っていけていて、すごいな、と思いました」
村竹は試合直前の内面の変化を次のように話したことがあった。
「前日はすごくナーバスになっていて、吐きそうなくらい緊張しています。あまり試合に出たくない気持ちになりますよ。そこから徐々に試合に気持ちを向けていって、当日の朝には試合モードに入ります。寝て起きたらスイッチが入る感じです。当日のウォーミングアップでは不安はなくなっていますね。つねにやる気がマックスということは、どの選手もないと思いますけど、僕は一瞬の火力が大事だと思っています。言葉にするのは難しいのですが、試合になったら集中してやりきります」
練習と試合の違いだけでなく、村竹の集中力は大きな試合での強さにもなる。昨年のパリ五輪でも準決勝は着順通過の組2着に入れず、3着以下の記録上位2人の2番目、つまり8番目で決勝進出を果たした。それでも決勝では5位に入賞した。
しかし集中力が高まりすぎて失敗したこともある、と山崎コーチは指摘する。最近ではDL最終戦(8月28日・チューリッヒ)で、1台目の踏み切り位置が近くなりすぎてハードリングを大きく乱した。4年前になるが21年の日本選手権は、予選で東京五輪の標準記録を突破したが、代表入りに向けて気持ちが高まりすぎて決勝はフライング失格をした。
村竹自身もメンタルの重要性を十二分に理解している。
「(東京2025世界陸上には)高ぶりすぎず、逆に落ち込みすぎず(冷めすぎず)、ちょうどいいところを探して、平常心でいつも通り冷静に臨めたらと思います」
男子110mハードル競技は9月15日(大会3日目)20時20分〜に予選、翌16日(4日目)に準決勝(20時40分〜)と決勝(22時20分)が行なわれる。メンタル面を軸とした最後の調整を終えた村竹がどのような表情でスタートラインに立つのか、楽しみに待ちたい。
つづく
著者プロフィール
寺田辰朗 (てらだ・たつお)
陸上競技専門のフリーライター。陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の"深い"情報を紹介することをライフワークとする。座右の銘は「この一球は絶対無二の一球なり」。同じ取材機会は二度とない、と自身を戒めるが、ユーモアを忘れないことが取材の集中力につながるとも考えている。「寺田的陸上競技WEB」は20年以上の歴史を誇る。
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