28歳でついにつかんだパリ五輪代表 女子100mハードル・福部真子が陸上日本選手権で見せた成長の足跡 (3ページ目)
【トラウマを払拭 ついに大舞台へ】
田中(左)、寺田(右)らライバルの存在は、福部の成長に好影響を与えたこの記事に関連する写真を見る
翌30日の決勝。向かい風0.2m、強い雨のなかでのレースになったが、福部は崩れることはなかった。スタートから前に出ると乱れることもなく、追い上げてきた田中を0秒03振りきり、12秒86で優勝して五輪内定を勝ち取った。
「やっぱり去年のことがよぎって、昨夜はぜんぜん眠れませんでした(笑)。調子はいいけどトラウマも正直あって、『また標準記録を突破しての決勝だから、同じ失敗しちゃったらどうしよう』とすごく考えてしまいました。とにかくスタートだけ集中して、あとは足が回っていくのを止めないことだけを、ずっと心のなかで唱えていました。
走りの感触は今回の3レースのなかでは力んでしまって決勝が一番悪かったけど、それでも12秒8台を出せたのは、自分のなかでのアベレージとしてはよかったと思います」
2年前は、考えてもいなかった日本選手権優勝を果たし、初の日本代表、そして日本記録保持者になったが、さまざまなことが一気に押し寄せたことで自分の気持ちが追いつかなかった。だが去年1年間の経験を経た今年、「自分が日本記録保持者だという少しのプライドと、チャレンジャー精神を持って走れたところが大きな違いかなと思う」とも言う。
また自己記録には届かなかったものの、12秒7台の記録を狙って出せたことは大きい。
「今回の12秒75は、2年前の12秒73の時に比べると、最初のスタートからの立ち上がりが全然、遅かった。73の時は、立ち上がりはタイム的にもすごくよかったけど、昨日は3台目以降から急にトップスピードが出てきた感じで、新しい(12秒)7台が生まれた感覚です。
走るスピードを自分で出しつつ、ハードリングでもスピードを出していくという、そのふたつの局面をかみ合わせて、自分のなかでうまく調整してスピードを出していくことができるようになってきました。もう少し条件が良ければまた7台は狙えるし、アベレージにできるのかなとも思います」
そう話す福部だが、もちろん、世界の上位は自己ベストが12秒2台の争いになっている厳しさも認識している。
「多分、自己ベストが(12秒)7台ではケチョンケチョンにやられると思います。そうならないように7台はどんな状況でも出せるようになり、条件が合えば6台、5台も狙えるようになれば、しっかり世界の選手に食らいついていけると思います。そうイメージしながら練習していけたらと思います。
(パリ五輪の)決勝進出ラインは12秒5台になると思うが、今回は3台目(のハードル)以降からトップスピードが上がってきているので、それを2台目からにできればさらに記録も伸びてくる。そこをしっかり修正していきたいと思います」
代表争いをともに戦った寺田や田中のほか、今回は欠場した東京五輪代表の青木益未(七十七銀行)というライバルの存在が大きかった。彼女らがいたからこそ、「自分も食らいつきたい、もっと記録を出したい」と踏ん張ってこられたと言う。
今回、狙って勝ち取ったパリ五輪参加標準記録突破と日本選手権優勝。ジュニア時代から全国トップレベルだったアスリートは、28歳にしてついにオリンピックのスタートラインに立つ。
著者プロフィール
折山淑美 (おりやま・としみ)
スポーツジャーナリスト。1953年、長野県生まれ。1992年のバルセロナ大会から五輪取材を始め、夏季・冬季ともに多数の大会をリポートしている。フィギュアスケート取材は1994年リレハンメル五輪からスタートし、2010年代はシニアデビュー後の羽生結弦の歩みを丹念に追う。
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