東洋大学「鉄紺の覚醒」のダブルキーマン・梅崎蓮 & 石田洸介 地道に力をつけた主将とスーパーランナー復活までの道のり (4ページ目)

  • 牧野 豊●取材・構成 text by Makino Yutaka
  • 村上庄吾●写真 photo by Murakami Shogo

【「梅崎の背中が遠のいていく感じでした」】

――石田選手は、もともとトラックで世界を目指すという目標を掲げて大学に入ったと思いますが、駅伝と並行して取り組むことの難しさ、どうやっていけばいいのかわからないような気持ちだったのでしょうか。

石田 目標として言葉には出していましたが、入学当初からかなりつまずいたので「『世界を目指す』とか言っていいのか」というような葛藤が強くなっていきました。自分で言ったわりには、自分に自信が持てなくなった部分は、結構ありました。

――そんな1年間を通して、お互いの印象で変わった部分、新たな発見とかありましたか。

梅崎 石田は夏合宿もそこまで走り込めていたわけではなかったのに、出雲、全日本と区間賞を獲って、もともと持っているものが違うんだなと感じました。でも自分も負けたくなかったので、しっかり頑張っていこうと思わせてくれました。

石田 梅崎は練習が継続できるので、夏合宿でも苦しそうな印象はあったんですけど、それを乗り越えて強くなっていった。全日本でいかんなく(実力)発揮してきたところに淡々とこなす強さっていう部分をあらためて感じましたし、そこから逆に梅崎の背中が遠のいていく感じでした。タイプが違うとはいえ、長い距離になっていくほど、そういう印象でした。

梅崎 そんなふうに思われていたとは、考えてもいませんでした。

――お互いに、どちらから話しかけるほうですか。

石田 どちらも自ら話しかけるタイプではないですけど、駅伝メンバーになってからはよく話すようになりました。ただ、そんなにいつも話すわけではなかったですね。

梅崎 日常生活ではあんまり競技のこととか話さないですね。お互いに韓国アイドルについて話したりすることはたまにありますけど(笑)。

後編に続く

【Profile】
梅崎蓮(うめざき・れん)/2002年8月14日生まれ、愛媛県出身。城北中→宇和島東高(愛媛)―東洋大4年。中学時代はソフトテニス部に所属。高校時代から本格的に陸上に取り組み、全国レベルで頭角を表し、2年時に出場した沖縄インターハイ5000mでは14位(3年時は中止)、3年時の全国高校駅伝では1区11位の戦績を残した。大学1年目は全日本大学駅伝で5区区間4位、箱根駅伝では7区区間11位。以降、学年の中心選手として活躍し、3年連続の出走となった前回の箱根駅伝ではエース区間の2区を任され、区間6位の走りで8人抜きを果たし、チームの総合4位に貢献した。今年度は主将に任命され、関東インカレ1部では2年時から3年連続ハーフマラソンの表彰台に上った。

石田洸介(いしだ・こうすけ)/2002年8月21日生まれ、福岡県出身。浅川中(福岡)―東京農大二高(群馬)―東洋大4年。3000mで中学新記録をマークするなど、中学時代から全国トップレベルのランナーとして活躍。高校入学後は1、2年時は苦しんだが、3年時には5000mの高校記録を16年ぶりに更新した。大学1年目は出雲駅伝5区、全日本大学駅伝4区で連続区間賞を獲得。箱根駅伝は2年時で初出走を果たすも、2区19位に。3年時は一時競技から距離を置く時期もあり、三大駅伝は不出場となったが、秋以降に本格的に競技に復帰。今年4月の関東インカレ1万mでは28分08秒29と4年ぶりの自己ベストで6位に入った。

プロフィール

  • 牧野 豊

    牧野 豊 (まきの・ゆたか)

    1970年、東京・神田生まれ。上智大卒業後、ベースボール・マガジン社に入社。複数の専門誌に携わった後、「Jr.バスケットボール・マガジン」「スイミング・マガジン」「陸上競技マガジン」等5誌の編集長を歴任。NFLスーパーボウル、NBAファイナル、アジア大会、各競技の世界選手権のほか、2012年ロンドン、21年東京と夏季五輪2大会を現地取材。229月に退社し、現在はフリーランスのスポーツ専門編集者&ライターとして活動中。

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