駒澤大の大八木監督が箱根逆転優勝の要因を分析。ピタリとハマった狙い (3ページ目)
だが、創価大はしぶとかった。7区で創価大の原富慶季(4年)が好走を見せ、駒澤大の花尾恭輔(1年)は再び引き離されてしまった。
次の8区で、駒澤大は区間エントリーで全日本4区(区間7位)の伊東颯太(4年)が入っていたが、最終的なコンディションを比較して、佃康平(3年)に替えた。3年前、故障中のエース工藤有生(当時4年)を7区に起用したもののタイムが伸びず、その結果シード権を逃した苦い経験を反省しての決断だった。
佃は区間4位の走りで創価大を追ったが、結局1分29秒差と詰め切れなかった。それでも大八木監督は9区が終わった時点で1分半差なら、逆転は可能と考えていた。まだ勝算があったのだ。
「この差を維持できればと思っていましたが、9区で創価大は最初からすごく突っ込んで、5km通過がうちよりも20~30秒速いのには驚きました。ただ、山野もまあまあのペースで行っていたし、創価大もどこかでペースが落ちるかもしれないとも考えていて。
15kmで2分差になった時はきついかなと思いましたし、最後の中継で3分19秒差になった時には『これは逆転できない』とも思いました。だから10区の石川には、『2位確保でいいから、区間賞狙いで攻めるだけ攻めて、諦めないで走れ』と指示しました。『前回10区で7位まで上がりながら、ラスト1kmで早稲田大に振り切られた悔しさを晴らせ』という感じで。石川も気持ちよく走れたのだと思います」
創価大の榎木和貴監督は10区で初出場の小野寺勇樹(3年)を起用した。これは、最後は競り合う展開になると予想していたからだった。小野寺は相手への対応がうまく、スピードのある選手だが、苦手な単独走であり、そこに加えて優勝のプレッシャーもかかった。その結果、小野寺は失速。粘り強く走ってきた駒澤大が逆転に成功した。
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