女王・ヘンプヒル恵に訪れた試練。競技から逃げて見つけた戦う意味 (4ページ目)

  • 折山淑美●取材・文text by Oriyama Toshimi
  • 村上庄吾●撮影 photo by Mukarami Shogo

 新型コロナウイルス感染症の世界的蔓延で、東京五輪は来年に延期されることになったが、この事態も彼女にはプラスに働いているという。

「今年1月に右足首の捻挫剥離骨折をしたため、2カ月間ほど十分な練習ができませんでした。ケガをしてからは気持ちの浮き沈みが激しかったのですが、五輪の延期が発表されて、少し安心したというか......。正直なところ、時間を作れてよかった、という気持ちもありました」

 その後は、感染拡大の影響から自粛期間をすごし、競技場を使えない時期がしばらく続いた。その期間中は自宅近くの河原に行って石を投げたり、坂道で負荷をかけて走ったりしていたという。ヘンプヒルは「自然の物を使い、自然のパワーを借りて練習をしていました」と笑顔を見せる。

「自粛期間を有効に使えたことで、(練習を再開した)6月からのトレーニングがうまくいきました。100mを走る中でもスタートからゴールまでの意識を分割して考え、それぞれの動きを自粛期間中に固めて、6月になってそこにパワーを足す、という形で取り組みました。だから今は本当に楽しくて、ここ数年では感じたことのないワクワク感があります。『試合をしたい』『これを試したらパフォーマンスがどうアップするんだろう』と思っています」

 ケガのタイミングで自分と向き合い、さらに五輪延期により、今度は競技と向き合ったことで、世界のトップレベルで戦いたいという目標が明確になってきた。

「今まで私は『なぜそこへ行きたいのか、どうやったらその舞台で勝負できるのか』を考えられていませんでした。でも、ケガをしたりコロナの自粛期間をすごして、『なぜ私は頑張りたいのか』ということまで考えた時に初めて、今までとは違う感覚の『陸上をやりたい』、『勝ちたい』という思いが出てきたんです。『この気持ちは本物だ。嘘じゃない』と思えたので、今後はその気持ちを大事にしていきたいと思っています」

プロフィール
ヘンプヒル恵(へんぷひる・めぐ)
1996年5月23日生まれ。京都府出身。アトレ所属。
七種競技/100mハードル
アメリカ人の父と日本人の母の間に生まれた。
中学生の時に陸上競技と出会い、中学3年で全日本中学体育大会の四種競技で優勝。
高校3年で出した七種競技の日本高校記録(5519点)は、いまだ更新されていない。
大学では日本選手権3連覇を達成している。

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