2020.01.21

東海大・両角監督が青学大の走りを
改めて警戒。新しい取り組みに着手

  • 佐藤俊●文 text by Sato Shun
  • photo by Sato Shun

東海大・駅伝戦記 第80回

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『高根沢町 元気あっぷハーフマラソン大会』は、東海大が新体制となって初のレースになった。その前に行なわれた10キロ、50歳以上の部に両角速監督が出場し、35分40秒の大会新でゴールした。「残り3キロからきつかった」と言う両角監督だが、フォームやリズムはかつて箱根を駆けた選手らしく、美しく軽快だった。最後は粘りを見せたが、残念ながら優勝は果たせなかった。

「(今年の)箱根は大会新で2位。今回も大会新で2位。やっぱりな......という感じですね」

 両角監督はそう言って苦笑した。

高根沢町ハーフマラソンの10キロ、50歳以上部で2位になった東海大・両角監督 そのレースのあと、ハーフが行なわれ、東海大からは14人の選手が出場した。箱根エントリー組での出走は米田智哉(3年)、市村朋樹(2年)のふたりで、1、2年生が中心だった。

 レースは、中村匠吾(富士通)が東京五輪マラソン男子代表選手という貫録の走りを見せて、自己ベストを13秒短縮する61分40秒で優勝。東海大は、本間敬大(2年)が62分59秒(8位)のタイムを出して気を吐いた。

「やっと戻ってきたかなという感じです」

 本間はそう言って表情を崩した。

本間は入学時、もっとも期待された選手だった。佐久長聖高校(長野)時代に5000mで13分58秒42の記録を出しており、1年目からの活躍が期待された。だが、箱根駅伝のエントリーメンバーに入るも、本戦で出走することはかなわなかった。2年になった今シーズン、同学年の市村が頭角を現わすなか、本間は夏合宿でも思うような走りができず精彩を欠いた。

 結局、出雲駅伝も全日本大学駅伝もエントリーはされたが走ることはできず、箱根は自ら「厳しいです」と両角監督に伝え、エントリーメンバーから外れた。その間、本間は単独で練習を行なうなど、自分を取り戻す努力を積み重ねてきた。

 両角監督はそんな本間の姿を見てきただけに、今回のタイムに笑顔を見せた。

「今シーズン、本間は苦しんでいました。歯車がかみ合わず、出雲もエントリーメンバーにこそ入っていたけど、うまく波に乗れなかった。箱根は自ら回避したのですが、今回の箱根から感じるものがあったんじゃないでしょうか。黄金世代が抜け、次は自分の番が回ってくるということで、それに備えていました。全体練習が終わったあとも自主的に距離を踏んでいましたし、今までやってきたことが今日は出たかなと思います」