2019.11.26

箱根連覇へ東海大の最後のピース
となるか。館澤亨次が大ケガから復帰

  • 佐藤俊●文 text by Sato Shun
  • photo by Sato Shun

東海大・駅伝戦記 第71回

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 上尾シティマラソンのレース後、待機所で館澤亨次(4年)が笑顔で着替えをしていた。

「いやー、今日は楽しく走れました。先週、世田谷ハーフを走ったんで、あまり無理しないようにと思ったんですけど、すごく楽で、これはいいな、いけるなって感じでした」

ようやく走れる状態になり笑顔を見せる東海大主将の館澤亨次 館澤は、ちょうど1週間前、復帰戦として世田谷ハーフを走っていた。2週連続でのレースだったので上尾は無理せず、故障上がりの關颯人(4年)とともに1キロ3分40秒のペース走の予定だったという。

「でも、調子がよくて、3分30秒で押してしまって……。なんか關には悪いことしたなぁって思います」

 そう語る表情は明るい。隣にいた廣瀬泰輔コーチも「コイツが戻ってきてくれてほんとよかった」と、笑顔でキャプテンを見つめている。チームにとって、館澤の存在はやはり欠かせないのだ。

「体重が落ちてきて、だいぶ体が絞れてきた。ようやく陸上選手に戻ってきた感じです」

 筋肉厚だった体は少し細くなって引き締まり、それはたしかに陸上選手のフォームだった。黄金世代の主力であり、キャプテンが本格的にロードに戻ってきた。

 キャプテンの姿が見えない——。

 それは8月の夏の全体合宿の時だった。館澤が不在で副キャプテンの西川雄一朗(4年)がチームをまとめていた。その時、館澤が故障でJISSにいると聞いた。JISSとは国立スポーツ科学センターのことで、そのなかにあるメディカルセンターで日本のトップアスリートが治療やリハビリを受けることができるようになっている。検査の結果、館澤は恥骨結合炎を発症し、さらにハムストリングスに深刻なダメージを受けており、JISSで治療に専念することになった。

「MRIの画像を見ると、ハムの筋にまっすぐな縦のラインが入っていて、肉離れよりもひどく、ハムの筋が縦に裂けていたんです。選手生命が危ういほどの大ケガでした。自分は痛みとかケガに強かったんで、なかなか気づかなかったんです」