痛恨の極み。3大駅伝選考へ重要な夏、好調な東海大3年を襲った事件 (2ページ目)
タイムは、14分19秒56ながら序盤から積極的に先頭集団で走るなど、まずまずのレース展開を見せていたが、最後に抜かれたのが痛恨だ。
続いて故障明けの西川雄一朗(3年)が14分34秒で13位、田中、上村亮太(2年)、本間と続いた。
「悔しいレース展開でした」
市村は、汗に濡れた表情をゆがませた。
「13分台を狙っていたんです。先生には『3000m過ぎてから勝負だぞ』と言われていたんですけど、そのとおりでペースメーカーが疲れてきたので何度か前に出ようと思ったんですが前に出られなくて......。ラスト1000mは足が動かなくなってしまいました。やっぱりついていくだけじゃなく、より積極的な走りができないと13分台は出ないですね」
市村は、埼玉栄高校の出身で全国高校駅伝では3区12位、5000mの持ちタイムは14分24秒60だった。同期の本間は佐久長聖(長野)高校出身で全国高校駅伝4区1位、5000mは13分58秒42と高校全体で5位のタイムを持ち、田中は小林(宮崎)高校出身で全国高校駅伝1区9位、5000mは14分05秒22というタイムを持っていた。
実力的には本間と田中が上だが、春から好調を維持していたのは市村だった。5月、日体大記録会の5000mで14分17秒89の自己ベストを更新すると、6月の日本学生陸上競技個人選手権の5000mでは14分08秒20を出し、自己ベストを再び更新した。
「今まで陸上をやってきた中で、こんなに自己ベストを更新することはなかったです。なんか、ノリにノッていて自分でも大丈夫かなって心配していたんですけど、ここにきてちょっとガタが出てきてしまい......。安定して走るというのが目標なので、この夏にしっかりと力をつけて、来シーズンには13分台をコンスタントに出せるようになりたいです」
13分台は持越しになったが、それでも市村は何かしらの手応えを掴んだはずだ。自己ベストを2回も更新できたのは、運ではない。アベレージを確実に上げていくことが選手の成長につながり、本当の力になる。それが駅伝にもつながる。
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