2015.04.09

2020東京パラにつなぐ。50年前に日本人が受けた衝撃

  • スポルティーバ●文 text by Sportiva
  • 竹藤光市●写真 photo by Takefuji Koichi

盛りあげよう!東京パラリンピック2020(19)

大分中村病院理事長・中村太郎インタビューVol.4

 大分中村病院で理事長を勤める一方、別府市にある『太陽の家』の理事長も勤めている中村太郎氏。太陽の家では、障がいのある人も働き、暮らし、一住民として生活ができるよう支援を行なっている。そうした活動を含め、2020年の東京パラリンピックや、それ以降を見据えた場合、今から取り組むべきことは何か。現在、中村氏が取り組んでいる活動についてうかがった。
(インタビューVol.1 Vol.2 Vol.3はこちら)

現在取り組んでいる活動について語った中村太郎氏伊藤数子(以下、伊藤)2020年に向けて何か起こそうと思っていることはありますか?

中村太郎(以下、中村) 東京パラもそうですが、今「太陽の家」の関係で、10年ぐらい前からラオスでスポーツ振興とかをやっています。なぜラオスかと言うと、ベトナム戦争の爆弾で、脊椎損傷や切断になった方がすごく多い国なんですよね。

伊藤 具体的にはどんな活動をされているんですか?

中村 いきなりスポーツをやりましょうと言っても、車椅子が行きわたっていないので、まずはそこからでした。太陽の家には、車いすを作っている企業があるので、その人たちの協力を得て、ラオスの国立リハビリセンター内に車椅子工場を作ったんです。それで製造技術を指導して、結果、安く車椅子が作れるようになりました。