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【平成の名力士列伝:松鳳山】地元・福岡で存在感を発揮 喜怒哀楽が濃密に詰まった約16年の大相撲人生

  • 荒井太郎●取材・文 text by Arai Taro

紆余曲折を経ながら約16年にわたる土俵人生を歩んだ松鳳山 photo by Kyodo News紆余曲折を経ながら約16年にわたる土俵人生を歩んだ松鳳山 photo by Kyodo News

連載・平成の名力士列伝62:松鳳山

平成とともに訪れた空前の大相撲ブーム。新たな時代を感じさせる個性あふれる力士たちの勇姿は、連綿と時代をつなぎ、今もなお多くの人々の記憶に残っている。

そんな平成を代表する力士を振り返る連載。今回は、近寄り難い雰囲気と気さくな人間性のギャップも威力だった松鳳山を紹介する。

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【不祥事から心を入れ替え地元・福岡での初の金星へ】

 浅黒い肌にいかつい風貌、両眼から放たれる眼光は相手を射抜くほど鋭く、土俵上では近寄りがたい雰囲気を醸し出していたが、素顔は気さくで人間味にあふれ、サービス精神も旺盛。そのギャップもまた、松鳳山の大きな魅力だった。

 福岡県築上郡築上町出身で、少年時代は柔道や野球に打ち込み、本格的に相撲を始めたのは大分県立宇佐産業科学高校に入学してからだった。その後、駒澤大学を経て平成18(2006)年3月場所、当時の松ヶ根部屋から本名の松谷の名で初土俵を踏んだ。

 序ノ口デビューから負け越しなしで、入門から約1年半後の平成19(2007)年7月場所は幕下9枚目に躍進。関取も目前にしたが、幕下上位の壁は厚く、新十両まではさらにそこから約2年半も要した。

 ようやく手にした関取の座であったが十両を2場所務めたのち、平成22(2010)年7月場所前に野球賭博騒動が起こり、自身も関与したが申告しなかったことがのちに発覚。2場所の出場停止処分を受け、再び幕下へ。師匠(元大関・若嶋津)をはじめ、周囲にも迷惑をかけたことから「あんなことをして土俵に再び立っていいのだろうか」と思い悩み、一時は引退も考えたという。

 しかしそこで心を入れ替えると、土俵に復帰した翌23年1月場所から2場所連続7戦全勝で幕下連覇。関取に復帰すると十両はわずか2場所で通過し、同年11月場所、新入幕を果たし、四股名も松鳳山に改めた。

 ご当所で迎えた幕内デビュー場所の10日目は、生観戦する両親の前で白星を挙げ「今までは自費で来てもらっていたけど、今回は初めて招待しました。勝ってよかった」と親孝行も果たし、満面の笑み。持ち味である高速回転の突っ張りやもろ差しになっての速攻が冴えて10勝をマークし、三賞は手にすることはできなかったが、大いに存在感を示した。

 前頭2枚目で迎えた1年後の平成24(2012)年11月場所は、琴欧洲、把瑠都、稀勢の里の3大関を撃破して10勝。初の三賞となる敢闘賞受賞に「大きな声援のなかでやれるのは気持ちがいい」と地元の声援も大きな後押しとなった。

 翌25年1月場所は新小結に昇進。1場所で陥落となり、同年7月場所で小結に返り咲くも、またしても翌9月場所は平幕に逆戻り。しかし、この場所で大きなインパクトを残した。

 2日目は横綱・日馬富士をもろ手突きから激しく突き立て、横綱が土俵際で左から上手投げを放つのも構わず攻め続け、押し出して初の金星を獲得。無数の座布団が乱れ飛ぶなか、気合いが抜けきらない怖い表情のまま、東の二字口に戻ったが、蹲踞(そんきょ)をして勝ち名乗りを受けると険しかった顔つきは見る見るうちにゆがんでいき、涙があふれ出た。

「座布団が飛ぶのを見て我慢できなかった。ずっとやってきたことが報われた気がします」

 引き上げる花道でも止まらなかった大粒の涙は、ひたむきに土俵に向き合ってきた男の熱い思いの表れでもあった。この場所は琴欧洲、琴奨菊の2大関も撃破し、8勝で2度目の敢闘賞も受賞した。

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著者プロフィール

  • 荒井太郎

    荒井太郎 (あらい・たろう)

    1967年東京都生まれ。早稲田大学卒業。相撲ジャーナリストとして専門誌に取材執筆、連載も持つ。テレビ、ラジオ出演、コメント提供多数。『大相撲事件史』『大相撲あるある』『知れば知るほど大相撲』(舞の海氏との共著)、近著に横綱稀勢の里を描いた『愚直』など著書多数。相撲に関する書籍や番組の企画、監修なども手掛ける。早稲田大学エクステンションセンター講師、ヤフー大相撲公式コメンテーター。

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