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「減量で生理が止まった」中村美里 「体重が激減した」伊藤華英 ふたりが悩んだ高校時代の体調不良を明かす (5ページ目)

  • text by Sportiva

――階級を上げてからは生理も戻ったそうですが、ご自分では何が理由だったと思いますか。

中村 シンプルに階級を上げたことです。それからJISS(国立スポーツ科学センター)の婦人科で相談して、低用量ピルを処方していただき、それを飲み始めたことも理由のひとつだと思います。

伊藤 確かにピルを服用することによって生理は来ますよね。低用量ピル()は生理痛や過多月経、月経前症候群などを治療する薬で、最近では月経周期を調整するために使用するアスリートが増えていますね。
※服用に関しては専門家の先生との相談が必要です。

中村 私はピルをしばらく飲み続けて、大丈夫かなと思った頃に専門家の先生に相談して服用をやめましたが、それからもちゃんと生理が来ていました。でも、だんだんと52kg級の体つきになってきて、5kgくらいの減量をしなくてはならなくなりました。

伊藤 5kg落とすのもきついですよね。

中村 それでも48kg級のときの減量よりも楽でした。生理に関しては、減量した翌月に遅れて来ることがありました。

伊藤 自分なりのルールがわかってきたんですね。

中村 そうです。減量したら遅れるとか、ずれこむことはありましたが、止まることはなかったです。ナショナルチームに栄養士さんもいましたので、どんな食べ物を、どんなスケジュールで食べていけば、どんなふうに体重が落ちていくかを教えてもらったことは大きかったですね。

伊藤 それはいいですね。そうして生理の課題は解消されていったんですね。

インタビュー後編はこちら>>

【Profile】
伊藤華英(いとう・はなえ)
1985年1月18日生まれ、埼玉県出身。元競泳選手。2000年、15歳で日本選手権に出場。2006年に200m背泳ぎで日本新、2008年に100m背泳ぎでも日本新を樹立した。同年の北京五輪に出場し、100m背泳ぎで8位入賞。続くロンドン五輪では自由形の選手として出場し、400mと800mのリレーでともに入賞した。2012年10月に現役を引退。その後、早稲田大学スポーツ科学学術院スポーツ科学研究科に通い、順天堂大学大学院スポーツ健康科学部博士号を取得した。

中村美里(なかむら・みさと)
1989年4月28日生まれ、東京都出身。柔道家。小学3年生時代から柔道を始め、高校1年時に48kg級でシニアの国際大会で優勝する。高校3年時に52kg級に上げてシニア大会で日本一に。2008年の北京五輪に出場し、銅メダルを獲得する。2012年のロンドン五輪にも出場を果たし、2016年のリオ五輪では再び銅メダルを獲得。また、世界選手権では3度金メダルに輝く。現在は国内外で柔道の指導・普及に携わり、全日本柔道連盟女子柔道振興委員会委員長も務める。

■インスタで「スポーツと生理」の教材を配信
伊藤華英さんがリーダーを務める「1252プロジェクト」。これは女子学生アスリートを中心に、10代の若者が抱える「スポーツと生理」にまつわる課題に対し、トップアスリートの経験や医学的知見をもって、情報発信をしているプロジェクト。その一環として、インスタグラムで手軽に学べる「スポーツと生理」の次世代型オンライン教材『1252 Playbook』を配信中。
Instagram:1252project>>

■「1252公認 女子アスリートコンディショニング エキスパート検定」
全ての女子アスリート指導者はもちろん、保護者やアスリート本人にとっても必要な知識を身につけ、学ぶための検定である『1252公認 女子アスリートコンディショニング エキスパート検定』をスタート。詳しくはHPよりご確認ください。
https://1252expert.com/

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