2020.01.13

蒼国来が語る、内モンゴルから
角界入りした17年前の「運命の日」

  • 武田葉月●取材・構成 text&photo by Takeda Hazuki

向正面から世界が見える~
大相撲・外国人力士物語
第6回:蒼国来(1)

 2003年秋場所(9月場所)、中国の内モンゴル自治区出身として初めて、初土俵を踏んだ蒼国来。日本式の相撲は未経験だったものの、抜群の運動神経と筋肉質の体を武器にして番付を上げ、2010年秋場所、新入幕を果たした。

 ところが翌年4月、八百長疑惑によって、引退勧告を受けることに……。それを不服とした蒼国来は、2年以上にわたり、潔白を訴え続けた。

 そうして、裁判を経て、その訴えはついに認められ、2013年名古屋場所(7月場所)で土俵復帰。以降、現役力士として奮闘し、2017年初場所(1月場所)では、技能賞を受賞した。36歳になった今も、玄人受けする相撲で土俵を沸かせている蒼国来の、波乱万丈の相撲人生に迫る――。

        ◆        ◆        ◆

「魚って、こんなに美味しいんだ!」

 2003年6月、力士になるために日本にやって来た私を、荒汐部屋の近所のお鮨屋さんに連れていってくれたのは、師匠(荒汐親方=元小結・大豊)でした。

 来日した頃の私の体重は、80kg台。力士志望としてはかなり細身です。力士として番付を上げていくためには、体重を増やし、体を大きくしなければならない。そのためには、日本の食べ物を好き嫌いなく食べることが必要だと師匠は考えていたんでしょうね。

 19歳まで内モンゴルで生活していた私は、日本に来るまで、生の魚を食べたことはありませんでしたが、美味しい鮨屋のカウンター席で、マグロのお寿司を食べた私は、幸せな気分になりました。赤身、トロなど、次々に出てくるお寿司を平らげた私を見て、「この子は(相撲界で)やっていけるんじゃないか?」と、親方も少し安心したと聞いたのは、それから数年経ってからでした。

 内モンゴルの田舎で生まれ育った私の小さい頃の楽しみは、お正月。あちらでは旧正月(※1月21日~2月20日の間。国や年によって、毎年異なる)を祝うのですが、草原にある私の家に親戚が馬に乗って遊びに来たり、うちの家族が親戚の家に挨拶に行ったり……。美味しいご馳走も食べられる1年に1回の交流が、本当に楽しくて、幸せな時間でした。