2019.07.14

「若い衆の頃は地獄でした…」
琴欧洲はなぜスピード出世できたのか?

  • 武田葉月●取材・構成 text by Takeda Hazuki

向正面から世界が見える~
大相撲・外国人力士物語
第1回:鳴戸親方(2)

 ブルガリア出身の初めての大相撲力士として、大関まで昇りつめた琴欧洲。202cmの長身、握力120kgのイケメンは、「角界のベッカム」と呼ばれて、絶大な人気を得た。

 彼は、とある日本人の誘いを受けて、「体験入門」のつもりで日本にやって来た。その帰り際、瞬間的に強い”縁”を感じて、大相撲界への入門を決断した――。

       ◆       ◆       ◆

「日本に行って力士になる」と決断した私は、一旦ブルガリアに帰国し、10日間くらいで身辺整理を済ませて、2002年9月、佐渡ヶ嶽部屋に正式に入門。そして、11月の九州場所で初土俵を踏むことになりました。

 四股名は、「琴欧州」(2006年に、琴欧洲に改名)。佐渡ヶ嶽部屋の力士の四股名には、全員「琴」の字がつくのですが、ヨーロッパ出身だから「欧州」。

 私を大相撲に誘った中本淑郎さんは、「『ヨーロピアンハープ』だ! いい四股名だろう」と言っていましたが、当時日本語がほとんどわからなかった私には、四股名の意味すらわかりませんでした。

 相撲部屋での生活で一番困ったことは、日本語が理解できないことでした。

 とりあえず、最初に「おはようございます」と「おつかれさんでございます」の2つの言葉だけは覚えましたが、この2つがどう違うのかさえわからない(笑)。部屋の力士たちが話していることも、さっぱりわからない。

 ようやく日本語がわかりかけてきたのは、3、4カ月くらい経ってからです。モンゴル人の力士は、小学生用の漢字ドリルで日本語を覚えたなんて人もいるけれど、入門したばかりの私にとって、部屋の全員が兄弟子。下の者が雑用などの仕事をしなければならないから、夜9時に仕事が終わると、横になった瞬間に寝てましたね。

 それと、ゴハン、白飯が苦手だったんです。あの味がちょっとね……。冷たいゴハンだったし……。日によっては、おかずがたくさんある日もあるし、ない日もある。ちゃんこ鍋の中身までない日もあったくらいです。必死で稽古して腹が減っているのに、おかずがない。それなのに、「どんぶり飯5杯食え!」なんて言われても、地獄ですよね。

 稽古場でも、手取り足取り教えてもらえる、というわけではなかったですね。先代親方は、「気合いだ!」「頭から行け!」と号令をかけてくれるのですが、理論的なものではないんです。

 スパルタ教育っていうんですかね? 自分たちのことは自分でやる。さらに他の人(兄弟子や親方)のことまでやる。