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羽生結弦、五輪連覇の舞台裏 ケガで欠場中に取り組んだ「勉強」で成長 (2ページ目)

  • 折山淑美●取材・文 text by Toshimi Oriyama

【驚異的なハイスコアを次々にマーク】

 翌2015−2016シーズンは、他を圧倒する飛躍のシーズンとした。GPシリーズのカナダ大会こそパトリック・チャン(カナダ)に敗れ2位に終わったが、次のNHK杯で覚醒。SPでは『バラード第1番ト短調』の前半に4回転サルコウと4回転トーループ+3回転トーループを入れる難度の高い構成に変更し、その難しいジャンプをノーミスで滑り、自身が持つ世界歴代最高得点を5点近く更新する106.33点を出した。そして、フリーも気迫のノーミス演技で、合計は史上初の300点超えとなる322.40点をマークして優勝した。

 さらに2週間後のGPファイナルでは、SP110.95点、フリー219.48点と驚異的な得点をマークし、合計330.43点を叩き出した。その結果を振り返って、「NHK杯の時は『やった』と素直に喜べましたが、今回は『よかった』という安堵感のほうが大きかった」と羽生。その理由についてはこう語った。

「NHK杯で結果を出したあとで、追われる立場になったというのが"怖かった"要因のひとつでもあると思います。ソチ五輪で優勝し、世界選手権でも勝ったあと、自信を持って臨んだ中国杯でケガをして、次のNHK杯でもミスが出た。GPファイナルに向かう時に『挑戦者に戻れる』と自分が言った言葉が印象に残っています。だから(今回は)そうじゃない状況が怖かった。でも、こういう環境も一種の自分との戦い。たとえ追われる立場になったとしても、自分を取り巻くいろいろな条件と戦っていかなくてはいけないんだなと思えた試合でした」

 全日本選手権4連覇達成のあとの2016年世界選手権は、練習中に痛めた左足甲の靱帯損傷の影響もあって前年に続く2位にとどまった。大会終了後には「左足リスフラン関節靱帯損傷」で全治2カ月と診断され、新シーズンへ向けては治療とリハビリに専念することになった。

 羽生は負傷中のなかでも2016−2017シーズンへ向け、さらなる挑戦を始めた。トーループの練習を制限されるなか、4回転ループの習得が進み、構成に入れることを考えた。そして7月にはSPの4回転をループとサルコウにし、フリーはサルコウ2本とループ、トーループの4本構成で臨むと明らかにした。

 このチャレンジはなかなかノーミスの演技にはつながらなかったが、GPシリーズ2戦目のNHK杯では自身3回目の300点台となる301.47点を記録して優勝。GPファイナルでは4連覇達成と結果を残した。

 ただ一方で、シーズン後半の四大陸選手権では303.71点を出しながら、ルッツやフリップなど4種類の4回転ジャンプを跳ぶネイサン・チェン(アメリカ)に敗れて2位。新勢力の登場を実感させられることになる。

 それでも、世界選手権では王者の貫禄を示した。SPでは109.05点のフェルナンデスを筆頭に3位までが100点台に乗せるハイレベルな戦いのなか、羽生は98点台の5位と出遅れたものの、フリーの『ホープ&レガシー』の4回転4本構成を完璧に滑って223.20点。合計321.59点で優勝し、次の平昌五輪シーズンへ向けて期待が膨らむ結果を出した。

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