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浅田真央とキム・ヨナの名勝負を振り返る 負けなしだった「天才少女」がライバルに敗れた日 (3ページ目)

  • 折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi

【ライバル、キム・ヨナに初めて敗北】

 そんな浅田にとってこのシーズンの最大の目標は、前季に優勝した世界ジュニア選手権での連覇だった。日本だけではなく、世界に目を向けても、このシーズンを終えればトップ選手が世代交代していく状況だった。

 そして、トリノ五輪直後に開催されるこの大会で、急成長してきていた同い年のキム・ヨナ(韓国)と対決。4年後のバンクーバー五輪の優勝争いへ向け、最初のステージになると注目されたのだ。

 大会初日、フリー演技で競う予選を浅田は全体トップの得点で通過したが、最初のトリプルアクセルではGOE(出来ばえ点)で減点されていた。それでも翌日のSPでは、「朝の練習で意外と調子がよかった」と、冒頭にトリプルアクセルからの連続ジャンプを入れた。だが、そのセカンドのループが1回転になりGOEで減点。コンビネーションスピンでもわずかに減点される結果で56.10点と得点を伸ばせず、ノーミスで滑ったキムに5点近い差をつけられる2位発進になった。

「ショートでトリプルアクセルが跳べたのはうれしかったけど、そのあとのミスがあったので複雑な気持ちです。連覇を目指しているのでショート2位とわかった時には『あぁ......』という感じでした」

 逆転を狙った2日後のフリーは、最初のトリプルアクセルがシングルになる滑り出し。「あきらめてはいけないと思った」と立て直したが、終盤の3回転フリップ+2回転ループはフリップのオーバーターンでセカンドは1回転にとどまり、最後は3回転ルッツが1回転になって連続ジャンプをできず。合計は153.35点でキムに大差をつけられる2位に終わった。

「フリーで1位を取りたい気持ちがあったのでいつもより緊張しましたが、ジャンプでパンクして一番ダメな試合だったと思いました。ジャンプを回ってコケたりするならまだいいけど、試合でパンクしてしまっては思いました。シニアのほうではのびのびとできていますが、ジュニアだと1位とか表彰台に上がらなければいけないのでノーミスで優勝したいという気持ちがありました。自分(の強み)はジャンプだけだと思うので、失敗したら負けてしまう。スピンやステップ、スパイラルをもっとレベルアップしていきたいです」

 山田満知子コーチは、その結果を振り返ってこう話した。

「試合の2日前に4回転ジャンプをあきらめてからは気持ちがラクになってアクセルもよくなりましたが、ピタッと決めるべきポジションが細かいところで合っていない部分もありました。真央は天才だけど、努力の天才でもないと頂点には到達できない。練習でも4回転はその気になっていますが、気持ちが乗らないスピンやスパイラルなど、ほかのところもやる気になって直していけば、もっと素敵になる。本人は『もっと素敵になれる』ということがわかっていないと思うから、帰ってゆっくり話したいです」

 ジュニアの国際大会では負け知らずだった浅田にとって初めての敗戦。浅田はキムに対し、「いいライバルだと思うし、自分ももっと頑張らなければいけないと思いました」と話した。この大会こそが世界の舞台でこれから繰り広げられていった、浅田とヨナの対決の幕開けだった。

中編につづく

<プロフィール>
浅田真央 あさだ・まお/1990年、名古屋市生まれ。ノービス時代から全日本選手権に出場し、トリプルアクセルを武器に世界のトップで活躍。2010年バンクーバー五輪銀メダル、世界選手権優勝3回など数々の実績を残した。2017年に現役引退後はアイスショーのプロデュースや解説など幅広く活躍し、2025年からは指導者として活動。

著者プロフィール

  • 折山淑美

    折山淑美 (おりやま・としみ)

    スポーツジャーナリスト。1953年、長野県生まれ。1992年のバルセロナ大会から五輪取材を始め、夏季・冬季ともに多数の大会をリポートしている。フィギュアスケート取材は1994年リレハンメル五輪からスタートし、2010年代はシニアデビュー後の羽生結弦の歩みを丹念に追う。

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