浅田真央とキム・ヨナの名勝負を振り返る 負けなしだった「天才少女」がライバルに敗れた日 (2ページ目)
【え、びっくり! 初出場でGPファイナル制覇】
翌2005−2006トリノ五輪シーズン。五輪前年7月1日時点で15歳以上という年齢制限を3カ月ほどの差で満たせず、出場はできなかった。このシーズンにシニアのGPシリーズに初参戦した浅田は、前季同様に勢いがあった。
GPシリーズ初戦の中国大会では、2002年ソルトレイクシティ五輪2位で前季世界選手権優勝のイリーナ・スルツカヤ(ロシア)には敗れたが、2004年世界選手権優勝の荒川静香を上回る2位になった。次のフランス大会は自己ベストの得点を出して優勝し、GPファイナルへ初進出した。
そのGPファイナルのSPは、64.38点。その後に演技したスルツカヤが58.90点にとどまり、浅田の首位発進が決まると、「え! すごい! ビックリ」と何度も繰り返し、無邪気に喜んでいた。
翌日のフリーは、スルツカヤがノーミスの滑りで合計181.48点にしたあとの演技だった。当初2本入れる予定だったトリプルアクセルだが、「6分間練習が終わってスルツカヤさんが演技をしている時に不安になった」と1本に変更。その1本をしっかり決めると、コンビネーションジャンプを後半に3本入れた難しい構成をノーミスで滑りきり、自己最高得点の合計189.62点に。2003年の村主章枝以来の日本女子2人目の優勝を初出場で果たした。
「トリプルアクセルは会場に来てからは跳べていたので自信はありましたが、演技順が近づくとだんだん自信がなくなってきました。落ち着いてできてよかったですが、最後はすごく疲れていたので終わった時に『ガッツポーズをしている場合じゃないな』と思いました。優勝できてびっくりしたのと、うれしさでいっぱいです」
浅田は次の目標について、「トリプルアクセル2本か、4回転ジャンプ」と話していた。その1週間後の全日本選手権では他の選手が五輪代表争いでナーバスななか、浅田はのびのびと滑り、フリーでは非公認大会ながら女子史上初のトリプルアクセル2本を成功。合計を188.10点にして村主に次ぐ準優勝を果たした。
「(トリプルアクセル2本は)少し不安はあったけれど、迷ったら跳べないので自信を持って跳ぶことを意識しました。優勝はあまり気にしていませんでしたが、とりあえずトリプルアクセルを2本跳べたのがうれしいです」
一方で浅田は、「演技にスピードがなかったのと、最後にバテてしまったのが反省点。ジャンプは得意だけど、スピンやスパイラルといった表現がまだまだだなと思いました」と課題も口にした。それでも、GPファイナル優勝に次ぐ全日本2位で、五輪代表選手以上に存在感をアピールしていた。
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