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高橋大輔の生きざまを『氷艶』に見た 月のように未踏の道を照らしつづける先駆者 (3ページ目)

  • 小宮良之●取材・文 text by Komiya Yoshiyuki

【生きざまが生み出す新たな物語】

 シングルスケーターだった高橋は2度目の引退をしたあと、アイスダンスに転向している。当時は信じられない選択だった。「うまくいかない」という声も聞いた。しかし、彼はたった3年にして全日本選手権で優勝し、世界選手権で11位になった。最後は、体が動かなくなるまで競技者としてやり抜いた。

「ずっと側で見ていて、(高橋が)時には歩くのも大変で。(練習で)一応、氷の上に乗るんだけど、『ごめん、今日は滑れない』って......。本当に自分の膝を貸してあげたいくらいの気持ちでした」

 アイスダンスでカップルを組んだ村元の言葉だ。

 2008年10月、高橋はジャンプの転倒で右膝前十字靭帯断裂と半月板損傷を負っている。多くのアスリートにとって、膝の前十字のケガは致命傷になりかねない。復帰までのリハビリは死ぬほど苦しく、復帰後も再発の怖さがあり、その後の競技人生も痛みや不具合と向き合いつづける。たとえば、朝起きたら膝は満足に曲がらず、寒い日は痛みが出て、正座も難しい。

 高橋はシングル時代の後半から引退し復活してアイスダンスに転向するまで、そうして実直に戦い抜いている。先駆者の生きざまは、月光が時間をかけて届くように、違う物語もつくった。

 国内で「不毛の地」と揶揄されていたアイスダンスの世界に転向する選手を生み出した。今回の舞台でも犬飼健命役を務めた島田高志郎が、新シーズンから櫛田育良とカップルを組むことになっているのだ。

ーー生き方が不器用に映る? 

 現役時代のインタビューで、高橋に訊ねたことがあった。

「ズルするのは好きじゃない。要領よく生きるのが、自分は苦手」

 高橋はそう言って、照れたように笑っていた。それは競技者向きだけなく、役者向きの性格でもあるのだろう。作品ととことん真剣に向き合えるか。最後は、そのディテールで差が出るからだ。

 高橋が"温羅を生きる"ことができたのは必然だろう。次は、どんな役を生きるのか。彼が放つ光は、これからも行く先を照らす。

終わり

著者プロフィール

  • 小宮良之

    小宮良之 (こみやよしゆき)

    スポーツライター。1972年生まれ、横浜出身。大学卒業後にバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)、『アンチ・ドロップアウト』(集英社)など。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。パリ五輪ではバレーボールを中心に取材。

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