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小説『アイスリンクの導き』第17話 「ゾーン」 (2ページ目)

 キスアンドクライ、鈴木四郎コーチと並んで座って点数の発表を待った。ファンからプレゼントされたキャラクターグッズを胸に抱えていたところ、カメラがアップになったのに気づいて、モニターの向こうのファンへ頭を下げた。"自分に向けられた熱が限界を超えさせてくれた"という率直な感謝の思いがあった。

「105.50点」

 その点数が出た瞬間、会場の歓声が沸騰した。限りなく満点に近い演技だったのだろう。すぐに観客に向かって、大きく手を振った。宇良を抜いてトップに立っていた。富美也の名前が上位にないことに、よからぬことが起きたのだと察知したが、自分の膝の状態が気になった。

 最終グループの選手たちの6分間練習がアナウンスされ、翔平はゆっくりと立ち上がって歩き出した。飛鳥井陸がぴょんぴょん跳び上がって、翔平に向かって手を振っていた。翔平もそれに右手を上げながら返すと、歩行が危なげなくできることに安堵する。膝の内部が炎症を起こすことはしばしばあって、それをカバーするため、外側の筋肉を苛め抜いて鍛えてきた。

〈靱帯や半月板はおそらく大丈夫。これならコントロールできる〉

 翔平は自分にそう言い聞かせ、中継しているテレビの取材エリアに移動し、フラッシュインタビューを受けた。

「ファンの人の応援が伝わってきて、それでほとんど無意識に滑っていた感じです。心地よかったですね」

 翔平ははっきりとした口調で答えた。膝の違和感については、もちろん口にしなかった。その後で記者たちが待っている取材エリアに移動し、新たに質問を受けた。

「30代で、なぜこんな若々しい演技ができ、限界を超えられるのでしょうか?」

 そんな質問をした記者がした。

「30代でできない、とは決まっていないですよね。誰かが、なんとなく決めた年齢のラインというか。一つの目安に過ぎないと思うんです。自分はスケートが好きで、いつも一つ前の演技よりも改善させ、よりよく滑りたいだけです。今回はみんなのおかげで、うまくその領域へ導かれたところがあるっていうか」

 翔平はそう答えた。

「スポーツ用語で言う『ゾーンに入る』ということだと思いますが、領域に導かれたっていうのは、具体的にどういう意味ですか?」

 もう一人の記者から突っ込まれた。重ねて訊かれると、翔平は明瞭に言葉にして答えるのが難しかった。答えられないのが領域なのかもしれない。なぜなら、自分が"入りたい"と思っても入れるものではないからだ。それはすべての条件が重なったときにのみ、言葉のどおりに導かれる世界で、数えるほどしか経験していない。それも、自分が入ったのは入り口だ。

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