小説『アイスリンクの導き』第8話 「約束のサイン」 (2ページ目)
「同じ舞台に立った者同士だよ。それに、フィギュアが好き、って選んでくれたのはうれしいじゃん。その気持ちが...」
「もう、そういう翔平君の優しいところ好きだよ。すき焼きパーティーしようね!」
陸は吹っきるように明るい声で言った。
「フリーも頑張れよ」
翔平はエールを送る。
「うん、じゃね!」
切るときもあっさりだ。それも陸らしい。どこまでが本気かわからないが、正直さは伝わってきた。
陸は憎めないし、可愛げがある。それは彼が生意気であっても、ひたむきな姿勢を貫いているからだろう。土台にあるのはスケートへの真っ直ぐな気持ちで、そこを行動規範にしている。本人はそんなことを意識していないだろうが、人間性は勝手に滲み出るのだ。
陸のスケーティングはとても自然で、楽曲をそのまま体現できる。彼自身の個性のフィルターは通しているが、そこにざらつきがない。無垢なほどにありのままを表現できるのだ。
自分に似たタイプのスケーターなのだろう。
「着きましたよ」
後部座席、横に座っていた鈴木四郎コーチが支払いを済ませながら言った。通話を終えてから、居眠りしかけていたらしい。いろいろあって疲労が出たのか。
「ありがとうございました」
タクシー運転手に礼を言いながら、車を降りた。ホテルの玄関から入って、受付を過ぎたところ、ロビーのソファに座っていた宇良が立ち上がって、直立不動になるのが見えた。
「あっ、宇良君」
「お帰りなさい、というか、本当にすみませんでした!」
ロビーに響く高い声で言った。
「まず、座って」
翔平は荷物を置いて、向かい合うようにソファに座った。四郎コーチには「あとで部屋に連絡します」と伝え、先に部屋に戻ってもらうことにした。
「診断はどうでしたか?」
宇良は心配そうに訊いてきた。
「大丈夫だよ、打ち身だけ」
翔平が言うと、宇良は少しだけ安堵した表情になった。
「ばあちゃんに、電話でものすごく怒られました」
「ん?」
翔平は要領を得ず、先を促した。
「あ、ばあちゃん、翔平さんの大ファンで。今回も楽しみにしていたから、孫の演技はそっちのけで、『ショーちゃんのサインをもらって』って頼まれたんです。さっきは『もう、帰ってくんな』って冗談なのか、本気なのか、わかんないですけど怒っていました」
「それは、なんていうか、うれしいような、困っちゃうような......」
翔平はおかしくなって笑った。
「自分が全部悪いんです」
宇良は再びしょげ返ってしまった。
「いや、本当に大丈夫だから。あとで大会パンフレットにでもサインするよ」
「本当ですか? ばあちゃん、たぶん、それで許してくれます」
宇良は少しだけ笑みを洩らした。
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