2020.10.12

羽生結弦、ソチ五輪シーズンの進化。「全試合で精一杯の力を込めて」

  • 折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi
  • 能登直●写真 photo by Noto Sunao(a presto)

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『羽生結弦は未来を創る〜絶対王者との対話』 

第Ⅲ部 異次元の技術への挑戦(1) 

数々の快挙を達成し、男子フィギュアスケートを牽引する羽生結弦。常に挑戦を続ける桁外れの精神力と自らの理想を果敢に追い求める情熱を持つアスリートの進化の歩みを振り返る。世界の好敵手との歴史に残る戦いや王者が切り拓いていく未来を、長年密着取材を続けるベテランジャーナリストが探っていく。 

2013年8月、アイスリンク仙台で練習を公開した羽生結弦
「自分がフィギュアスケーターとして幸運だったのは、小さい頃に受けた指導で、着氷の後にきれいに流れていくジャンプを習得させてもらったこと」

 羽生結弦は自らのジャンプについてこう話す。そして、そのジャンプは彼にとって自らが成長するための大きな原動力だった。

 羽生が最初に武器としたのはトリプルアクセルだった。「かけてきた思いや時間、練習の質も量もすべてが、どのジャンプより多い」と話すジャンプだ。2017年国別対抗戦の後、フリースケーティングの構成について4回転を1本増やして5本にするかということが焦点になった時、トリプルアクセルへの思いをこう語っていた。

「僕のトリプルアクセルにかける思いは、皆さんが想像できないくらい強いものがあります 。ここまでスケートを好きになってこられたのは、何よりアクセルのおかげ。それがなかったら全日本ノービスでの優勝はなかったし、こうして自信をもってスケートをすることができていなかったかもしれない。だからトリプルアクセル2本は外したくない気持ちが強くあります」

 そのトリプルアクセルの精度を磨き、2010年世界ジュニアを制した羽生が次に取り組んだのは「仙台のリンクで一日中練習していたこともある」という4回転トーループだった。4回転トーループをシニアのグランプリ(GP)初挑戦となった10年NHK杯のフリーで初めて成功させると、翌年2月の四大陸選手権は2位に入った。