2020.09.07

羽生結弦の驚異の進化スピード。一気に日本の頂点へ駆け上がった2012年

  • 折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi
  • photo by Noto Sunao(a presto)

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『羽生結弦は未来を創る〜絶対王者との対話』 

第Ⅱ部 高め合うライバルたちの存在(1) 

数々の快挙を達成し、男子フィギュア界を牽引する羽生結弦。その裏側には、常に挑戦を続ける桁外れの精神力と自らの理想を果敢に追い求める情熱がある。世界の好敵手との歴史に残る戦いやその進化の歩みを振り返り、王者が切り拓いていく未来を、長年密着取材を続けるベテランジャーナリストが探っていく。 

激闘の末に優勝した2012年全日本選手権、フリーで演技する羽生結弦 羽生結弦は、2010−11シーズンに15歳でシニアへ移行した。彼がまず目標にしたのは、世界トップレベルで競り合っている日本選手に追いつき、そして追い越すことだった。

 当時、髙橋大輔や織田信成、小塚崇彦らが世界を舞台に結果を残していた。07年世界選手権で日本男子史上最高位の2位になった髙橋は、10年バンクーバー五輪で銅メダルを獲得し、その1カ月後の世界選手権では優勝。12年の世界選手権は2位だった。小塚は11年世界選手権で2位になり、織田はグランプリ(GP)ファイナルで09年と10年に2位と実績を上げた。

 追いかける羽生は、シニア初シーズンの11年四大陸選手権で2位に入ると、翌年は初出場の世界選手権では3位。そんな日本男子が勢いを見せつけたのは、12年GPファイナルだった。GPシリーズで上位成績を残すことが条件の出場枠6人のうち4人を、羽生のほか、髙橋、小塚、町田樹が占めたのだ。

 この大会、ショートプログラム (SP)は1位髙橋と2位パトリック・チャン、3位羽生、4位小塚が5.90点差の中にひしめき合う接戦。そしてフリーは、1番滑走で羽生の練習仲間でもあるハビエル・フェルナンデス(スペイン)が、6年ぶり史上4人目となる4回転3本を決めるノーミスの滑りを見せ、178.43点の高得点獲得で合計258.62点として一気にレベルを上げた。