2014.12.25

【髙橋大輔の軌跡】トリノ後の着実な進化。そして、アクシデント

  • 折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi photo by Aoki Koji/AFLO SPORT

12月特集 アスリート、現役続行と引退の波間 (13)
スケーター・髙橋大輔の軌跡 part2

 今年、引退を発表したフィギュアスケーター・髙橋大輔。その軌跡を辿る──。
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 06年2月のトリノ五輪が、髙橋にとって初めての五輪だった。ショートプログラム(SP)で5位につけた髙橋は、フリーで最終組となった。しかも、ドローの結果は最終滑走。SPで90・66点を出したエフゲニー・プルシェンコ(ロシア)を筆頭に、ジョニー・ウィアー(アメリカ)やステファン・ランビエール(スイス)、ブライアン・ジュベール(フランス)、ジェフリー・バトル(カナダ)という錚々たる顔ぶれのスケーターの演技後になってしまった。

2006年トリノ五輪は、8位入賞という結果に終わった髙橋大輔「練習を終えてから待っている間は緊張していなかったのに、滑り出した途端にすごく緊張して......。身体が全然動かなくて焦ってしまった」

 演技後にそう語った髙橋は結局、フリーは9位で総合は8位。入賞とはいえ、悔しさの残る結果となった。

「全体的に落ち着かなくて、トーループを前に跳んだのを忘れてまた跳んで、頭の中は真っ白になってしまって......。4回転ジャンプもスピンも、練習中はできていたのに、本番ではバテてしまって失敗した......。不満いっぱいの演技でした」

 そう落胆しながら、髙橋はこうも言った。

「昨シーズンの状態で五輪へ来ていたら、もっと大変なことになっていたでしょうね。焦ってしまっても今日の出来というのは、自分が成長したことだとも思います。守りに入ったのではなくて挑戦できたからよかった。これがスタートだと思って、もう一度初心に戻ってやり直します」

 演技終了後に呆然としていた前年の世界選手権とは違い、この日の髙橋は、悔しそうな表情を見せていた。このシーズンはGPシリーズ初戦のアメリカ大会で優勝し、ファイナルは3位で表彰台獲得。その自信に加え、「自分が戦う舞台は世界だ」と強く認識できたのだろう。トリノで見せた悔しげな表情は、それを確信させるものだった。