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【プロレス】「最初はぶっちぎっていると思っていたのに...」 中邑真輔が明かす棚橋弘至への嫉妬心 (3ページ目)

  • 井上崇宏●取材・文
  • 市川光治(光スタジオ)●構成

【ようやく出会えた自分のプロレス】

── ふと思い出しましたけど、2012年に桜庭和志選手と柴田選手が新日本に参戦してきた時、中邑さんは「不確定要素の多いプロレスが面白いことは、オレも知っている。だけど時代はもうそうじゃないんだ」と言っていました。

中邑 ほう。それは僕が言ったんですか? じゃあ、その時にはもう中邑真輔は開眼していたんですよ。

── その頃にはもう着実に80点、90点、100点に近いプロレスをやっていたということですよね。

中邑 そうですね。僕が持っている味と、棚橋さんの持っている味をどのように組み合わせたら、ほかの試合に差をつけられるかということも考えながら試合を構築することができていましたよね。だから僕は、いつも生々しいエッセンスを取り入れようとしていた。

 棚橋さんの言葉のセンスは独特で(笑)。あの、いつも口をついて出てくる、わかりやすすぎるくらいの少年マンガ的な台詞と、少し謎かけを入れる僕の言葉とが、うまく対比できていたんじゃないかなと。そういういいバランスが出来上がっていたと思います。

── 結果的に、若手時代から愚直に純粋にプロレスをやり続けていた棚橋選手のほうが、新日本的にもファン的にもエースだという認識になっていったんでしょうね。

中邑 だから、たぶんCHAOSになるまでは、ああでもない、こうでもないと試行錯誤を続けていて、CHAOSになってからも同じように模索しながら、ようやく自分のプロレスに出会えたというところですかね。そこからは、本当にプロレス内部の人間じゃないとわからない評価が集まり始めた。そのあたりの時代は、自分でも好きですよ。猪木さんへの挑戦発言とか、そうやってすぐに階段を飛ばそうとする中邑真輔だったのに(笑)。

── 中邑さんがあの発言をした時、放送席にいた棚橋さんが即座に「ストロングスタイルの呪いだ」と言ったあの言葉は強かったですよね。普段から思っていなかったら、あんな言葉は咄嗟に出ないと思うんですよ。

中邑 そうでしょうね。普段はニコニコしているけれど、本当は持っていないはずのナイフを出さざるを得なかったという感じです。

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