【格闘技】川尻達也がUFC時代に見出した勝つ形 日本人選手は苦戦中も「チャンピオンが出れば次世代が一気に続く」 (4ページ目)
――必要な要素を取捨選択しながらレベルアップしていたんですね。
「僕はそれがすごく楽しかったんです。僕はゲームの『ドラゴンクエスト』が大好きなんですけど、『どの武器を装備して、このボスにどう挑もうか』と考える感じ(笑)。自分をどう育てて強くするかを毎日考えるのが好きでした。
当時はそれが当たり前すぎて意識していませんでしたが、結局、それができないとMMAでは勝てなかった。今はアメリカのメガジムだったりすると、複数のコーチとヘッドコーチがいてコーディネートしてくれますが、日本はまだそこまで環境が追いついていない。その点も世界で苦戦する一因だと思います」
――以前、堀口選手に話を伺った際に、「MMAに必要な要素を1カ所で習えるのは効率がいいし、とにかく選手層が豊富なのがメガジムのよさ」とおっしゃっていました。
「それもありますよね。ただ、同じアメリカのジムでも大小、いろんなジムがあって、井上直樹選手(現RIZINバンタム級王者)らがいたニューヨークのジム(セラ・ロンゴ・ファイトチーム)はメガジムではないですし、メガジム以外からもチャンピオンは出ていますからね」
――ジムの大小によらず、可能性はあると。
「『日本がダメだ』とか、『海外に行かないと強くなれない』とは思いません。実際、長南亮さん(『TRIBE TOKYO MMA』主宰)だったり、大沢ケンジさん(『和術慧舟會HEARTS』主宰)、松根良太くん(『THE BLACKBELT JAPAN OKINAWA』代表)、ほかにも日本でできる限りの可能性を見つけて"対世界"に取り組んでいる人たちがいます。必ず突破口は開けると信じていますし、ひとりでも日本人のUFCチャンピオンが出れば、『自分たちでもいける』と次世代が一気に続いてくるはずです」
――平良達郎選手(UFCフライ級5位)は、それを体現しつつある選手ではないでしょうか。
「すごいと思います。修斗からのUFC契約で、同じレベルの選手としのぎを削りながらランキングを上げてきました。タイトルマッチに手が届くところにいますからね」
【プロフィール】
■川尻達也(かわじり・たつや)
2000年プロデビュー。修斗でウェルター級世界王者に輝くと、2005年からPRIDE、2008年からはDREAMに参戦。世界的強豪と激闘を繰り広げた。2013年にUFCと契約。デビュー戦を一本勝ちで飾るも、2016年に自ら契約解除を決断し、RIZINに参戦。2019年には「ファイター人生最後のチャレンジ」としてライト級GPに挑んだ。 "クラッシャー"の異名を持ち、3度の網膜剥離を経験しながらも、長きにわたりトップ戦線で活躍。現在は『Fight Box Fitness』を主宰し、格闘技の楽しさを伝えている。
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