元芸人の女子プロレスラー中島翔子が振り返る、「絶対に無理」と思ったプロレスに挑むまで (4ページ目)
――そんな状態で迎えたデビュー戦はいかがでしたか?
中島:気合が入りすぎて、緊張でガチガチでした。クロスボディアタックを仕掛けた時には、お腹から落ちて逆にダメージを受けたり。"私のすべてをぶつけてやるぜ"という気持ちばかりが空回りしていました。さくらえみさんには、「感情だけはよかった」と褒めてもらいましたけどね(笑)。
2013年8月のデビュー戦(写真提供/東京女子プロレス)この記事に関連する写真を見る
――初めて「プロレスラーになった」と実感したのはいつですか?
中島:デビュー翌年の夏に行なわれたシングルマッチのトーナメント、東京プリンセスカップの決勝、のの子戦です。この試合で、初めてお客さんから"中島コール"が起きたんです。プロレスは選手の名前を叫んだり、みんなで声を合わせコールして楽しむものですが、それまでの私の試合ではそういうのがなかった。「未熟だからコールされないんだ」と感じていました。
それがあの日、自分に対するコールが起きて、しかも声が大きくて驚きました。試合には負けたけど、お客さんからコールをいただいたことで"自分はプロレスラーだ"と実感することができましたね。
――お客さんからの声援が自信になったんですね。
中島:ただ、後輩などに「ここは、こうしたほうがいいよ」と言えるようになったのは、デビューして10年くらい経ってからです。それまでは自分の技術に自信がなかった。そういう意味でいうと、本当に「プロレスラーになった」と実感できたのはデビュー10年経ってくらいからかもしれません。今年の8月でデビュー12周年だから、わりと最近ですね(笑)。
(後編:東京女子プロレス「最強タッグ」へのリベンジマッチ ハイパーミサヲと一緒に「トゲを抜くチャンスが来た」>>)
【プロフィール】
中島翔子(なかじま・しょうこ)
1991年7月19日、新潟県生まれ。147cm。2013年8月17日、両国国技館で行なわれた「DDT万博〜プロレスの進歩と調和〜」でプロレスデビュー。2016年1月4日、新設されたTOKYOプリンセス・オブ・プリンセス王座の初代王座を賭けて山下実優と対決するも敗退。2017年10月14日、TOKYOプリンセスタッグ王者決定トーナメントで優勝し初代王者に。2019年5月3日、山下に勝利して念願のTOKYOプリンセス・オブ・プリンセス王者となった。2020年7月4日、ハイパーミサヲとのタッグ「享楽共鳴」が本格始動。2025年2月8日、第5回"ふたりはプリンセス"Max Heartトーナメントを初制覇。2025年3月16日大田区総合体育館でプリンセスタッグ王者・山下実優&伊藤麻希のタッグ「121000000」に挑戦する。
【大会情報】
■東京女子プロレス「GRAND PRINCESS '25」
・日時:2025年3月16日(日)開場13:00 開始14:00
・場所:東京・大田区総合体育館
【写真】 マーベラス 中島翔子フォトギャラリー
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