ケンコバが語る、名レスラー馳浩の「一番ダメな試合」を救った越中詩郎の「震え」 (3ページ目)

  • 松岡健治●取材・文 text by Matsuoka Kenji

【高田延彦の試合からの「震え」に大歓声】

――そんな試合で越中さんは、どう戦ったんですか?

「越中さんは、コブラ戦と同じように相変わらずキチンシンク、ヒップアタック、エルボー、たまにやるドロップキックぐらいで試合を組み立てていました(笑)。しかも、会場が沸かない空気も感じ取って、震え出すんです。やられて、髪の毛をつかまれて立たされる時に震え出す。次第にお客さんがザワザワっとなりだして、そこからエルボー、ヒザ蹴り、ヒジ、またヒザ......それだけでお客さんは心を打たれ、大きく沸きました」

――越中さんの震えは、観客の心に火をつけますね。

「あの震えは、2年前のコブラ戦のころはありませんでした。越中さんが震え出したのは、1986年から始まった高田延彦さんとの抗争からですね」

――なぜ越中さんは、高田さんとの試合から震え出したんでしょうか?

「高田さんに『エッチュー』呼ばわりされて、普通に怒っていたんじゃないですかね(笑)。4歳下で、デビューも自分より2年遅かった男にそう呼ばれたら、怒りますよ」

――それは、誰でも怒りますね。

「馳さんとの試合に話を戻しましょう。馳さんは、この試合ではないんですが、師匠の長州さんの必殺技であるサソリ固めをやるんです。それはいいんですけど、長州さんと敵対していたUWF勢が得意としていたアキレス腱固めに移行するという、"長州チルドレン"としてはタブーのような組み立てをやっていた。この越中戦でも、そんな動きが随所に見られて......のちに名人になるとは思えない試合でした。

 売り出し中の馳さんとの試合で、沸かない客席。そのままでは完全に、相手の越中さんが冷遇されかねない危機に陥りました。ところが、会場のムードを感じ取り、少ない技と震えで客席を沸かせ、最後はドラゴンスープレックスで勝利。禁断の試合をどうにかクリアしました」

――すばらしいです! 見事に危機を乗り越えたんですね。

「いや、そこは果たして乗り越えたのか......」

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