日本初の世界ウェルター級王者を目指す田中空 マイク・タイソンに着想を得た父・強士さんとともに歩んだこれまでとこれから (2ページ目)
【大学時代の挫折も糧に大きな浪漫に向かう】
幼少期から指導を受ける父・強士さん(左)とともに世界王座を目指す photo by Yamaguchi Hiroaki 東洋大時代は、技巧派のアマチュアエリートたちと数多く拳を交えた。まんまとファイター封じの策にはまり、クリンチに苦しむ試合も経験した。
大学3年時には挫折も味わっている。アマチュアキャリアの大一番となった2022年全日本選手権ウェルター級の準決勝で敗退。しかも、田中の土俵である打ち合いでRSC負け。人生最大の屈辱だった。練習してきた接近戦の防御が裏目に出たのだ。ダメージを軽減するためにパンチをデコでもらうはずが、テンプルに直撃。痛恨のミスが重くのしかかった。目標の一つだったパリオリンピック出場の道は志半ばで途絶え、アマチュアボクシングを続ける意味も失いかけた。心にぽっかり穴が空いたなか、父子で膝を突き合わせて話し合ったという。
「そこで俺と空で決めたのは、アマ時代に負け越している相手に最後の大会ですべて勝つこと。大学残り1年のスローガンは清算でした。全日本選手権の頂点に立ち、アマを卒業しようって」
そして、迎えた2023年の全日本選手権。準々決勝で前年にRSC負けを喫した日本体育大の脇田夢叶を圧倒し、5―0の判定勝ち。さらに決勝でもアマ戦績で1勝2敗と負け越していた法政大の染谷將敬をまったく寄せつけなかった。得意の接近戦で力強いダブルアッパーを突き上げ、圧巻のRSC勝ち。有言実行の優勝を果たす。大歓声に包まれた墨田区体育館で満面の笑みを浮かべる田中の表情は、充実感に満ちていた。
大学卒業後、心置きなくプロ転向を決意。今年6月25日には派手な1回KOデビューを飾り、すでに次戦に向けて、準備を進めている。担当トレーナーの父が持つミットに打ち込む重たいパンチの音は、大橋ジムのフロアに一際響く。近距離から打つコンビネーション、防御技術も大学時代に向上させたもの。あらためて、田中は4年前の判断が間違いではなかったという。
「お父さんの言う通り、大学に行ってよかったと思います。あの4年間で技術力は上がりました」
パワー一辺倒のがむしゃらな倒し屋ではない。プロになったいまもタイソンの動画を繰り返し見るのは、防御を含め、接近戦の勉強をしているからだ。無論、参考にするのはかつてのレジェンドだけではない。トレーナーの父親は息子の熱心な探求心に舌を巻く。
「俺以上に空はいろいろな映像を見て、打ち勝つ研究していますよ。いまは親子で切磋琢磨しています。俺自身、空から学ぶこともあるので、もっと勉強しないといけないと思っています」
父子鷹で学び続け、目指すのは日本人初となる147ポンドの世界チャンピオン。険しい道のりになることもわかっている。ウェルター級は世界的に選手層が厚く、マーケットの中心も本場のアメリカ。いつチャンスが巡ってくるかも予想がつかない。
「ずっと負けないで、勝ち続けていくしかないと思っています。まだまだディフェンスも甘いですし、すべてにおいてレベルを上げないといけませんが、『あいつなら世界でも通用するんじゃないか』と思われるような試合内容と戦績を重ねていきたい。打ち合いのなかで倒すところを見てほしいです」
剛腕のボクサーらしい言葉を残しつつも、人懐っこい笑みを浮かべながらずっと穏やかな口調で話していた。このリングとのギャップもまた人を惹きつけるのかもしれない。魅力あるファイターは、どこまでも小さな体で大きなロマンを追っていくつもりだ。
【Profile】田中 空(たなか・そら)/2001年6月1日生まれ、神奈川県出身。身長165cm。父、祖父が元ボクサーという拳闘一家に生まれ育ち、幼少期からボクシングを始める。父・強士さんの指導を受け、武相高校時代から全国選抜大会、アジアユース選手権優勝など国際大会でも活躍。東洋大学でも全日本選手権優勝などの実績を残した。大橋ジム所属。2024年6月25日に1回TKOでプロデビューを果たし、日本初の世界ウェルター級王者を目指している。次戦は10月17日(木)、後楽園ホールにて「Lemino BOXING PHOENIX BATLLE 123」8回戦vs.チヤン・サーラー(タイ/14戦11勝・7KO3敗/OPBF東洋ウェルター級13位)。
著者プロフィール
杉園昌之 (すぎぞの・まさゆき)
1977年生まれ。サッカー専門誌の編集記者を経て、通信社の運動記者としてサッカー、陸上競技、ボクシング、野球、ラグビーなど多くの競技を取材した。現在はジャンルを問わずにフリーランスで活動。
2 / 2