村田諒太とは違う伊藤雅雪の状況。アメリカで再脚光を浴びられるか (2ページ目)

  • 杉浦大介●取材・文 text by Sugiura Daisuke
  • photo by getty Images

 2012年12月にデビューしたヘリングは当初、海兵隊出身、ロンドン五輪代表というユニークなバックグラウンドから注目を浴びたものの、地味なスタイルゆえにこれまで"スター候補"とみなされたことはなかった。2016年7月に初の敗北を経験し、それから約1年後には2敗目を喫するなど苦しんだことで、"プロスペクト"の座からも陥落。筆者も少なからず彼の試合を見てきたが、世界戦の舞台で12ラウンドにわたり、アウトボクシングをやり切るだけの技量と逞しさをヘリングから感じたことはなかった。

「伊藤はサウスポーは得意でない」と聞いていたはずの、多くの関係者が「王者有利」と予想していた背景にはそんな理由があったのである。

 しかしヘリングは、33歳にして迎えた世界初挑戦の舞台で、意外なほどに伸び伸びとしたアウトボクシングを披露した。スピード、パンチのキレは、筆者の知る限りでは過去ベスト。一世一代のステージで、心身ともに最高のコンディションを作ってきたのだろう。それと同時に、その背中を支える"巨大な力"の存在が見え隠れしたように感じたのは筆者だけではあるまい。

 試合前、海軍出身のヘリングが「メモリアルデー(戦没軍人を讃える祝日:5月27日)」の週末に世界初挑戦することが盛んに喧伝された。また、試合があった5月25日は、10年前にSIDS(乳幼児突然死症候群)で亡くなったヘリングの実娘の誕生日であることも、ドラマ仕立てで伝えられた。それほどに整えられた舞台で、挑戦者は周囲の期待通りにベストファイトを展開してみせた。

 勝負の世界にリング外のストーリーを持ち込むのは的外れなことが多いが、今戦はどこか運命的なものを感じさせたのは事実である。ボクシング王国アメリカがヘリングに力を貸し、王座に押し上げたと言ったら大げさだろうか。シナリオどおりの王座交代劇は、"アメリカの勝利"という雰囲気すら漂うものだった。

 伊藤にとって今回の試合は、トップランク社が望む対戦者をいきなりあてがわれたことも含め、厳しいステージだった。それが敵地で戦うこと、アメリカに進出することの難しさでもある。タイトルを失い、キャリア不足を露呈した伊藤の行く手には厳しい道のりが広がっている。

 同じトップランク社と契約する選手でも、周辺階級に傘下の対戦相手がどれだけいるかによって状況は変わってくる。例えば、ミドル級周辺には選手が乏しいため、同級のWBA世界王者ロブ・ブラント(アメリカ)は、村田諒太(帝拳ジム)とのダイレクトリマッチ(他選手との試合を挟まないで即再戦をすること)が今年7月に組まれることになった。

それに対して、昨年にトップランク社と結んだ契約のオプションが存在するヘリングは、さらに先を見据えることができる。番狂わせの勝利を挙げたことで、同社の"統一戦路線"を伊藤から引き継ぐことが濃厚。だとすれば、伊藤がヘリングとの即座の再戦をまとめるのは難しいだろう。

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