2018.04.15

【国際プロレス伝】大巨人アンドレは
機内でビール100本を飲み干した

  • 宮崎俊哉●取材・文 text by Miyazaki Toshiya
  • photo by Getty Images

【第31回】アニマル浜口が語る「国際プロレスとはなんだ?」

 身長223cm、体重236kg。超人的なパワーで日本プロレス界に衝撃を与え、プロレスの本場・アメリカにも進出。名実ともに世界のトップに君臨し、新日本プロレスや全日本プロレスのリングに上がってからも国際プロレスを愛し、吉原功(よしはら・いさお)社長への恩義を忘れなかったモンスター・ロシモフ。後にアンドレ・ザ・ジャイアントと名乗るフランス人レスラーの魅力をアニマル浜口が伝える。

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20歳ごろのアンドレ・ザ・ジャイアント「大巨人」アンドレ・ザ・ジャイアント(1)

「モンスター・ロシモフ(アンドレ・ザ・ジャイアント)もヨーロッパルートを開拓した吉原社長がフランスでスカウトしてきました。彼が初めて来日したとき、僕は入門して半年足らず。デビューしたばかりでしたが、あの巨大なスケールと破壊力には度肝を抜かれましたね」

 1946年5月19日、フランス生まれ。出身地についてはグルノーブルなど諸説あるが、18歳のときにパリで「アンドレ”ザ・ブッチャー”ロシモフ」のリングネームでデビューを果たす。

 その後、ヨーロッパ各地を転戦して、1969年5月にパリ・モンマルトルにてイワン・ストロゴフとのタッグで豊登(とよのぼり)&ストロング小林組と初代IWA世界タッグ王座をかけて対戦。1-2で敗れはしたものの、このときのファイトが吉原の目にとまったのだろう。

 翌1970年1月、マイケル・ネイダーや身長160cmのカシモドらと一緒に来日する。吉原から「モンスター・ロシモフ」と命名されると、1月18日の福岡・九電記念体育館でマイケル・ネイダーと組み、サンダー杉山&グレート草津組を破ってIWA世界タッグ王座を獲得。日本プロレス界に衝撃を与えた。