【国際プロレス伝】反則負けのデビュー戦。新人がいきなりやらかす (6ページ目)

  • 宮崎俊哉●取材・文 text by Miyazaki Toshiya
  • ベースボール・マガジン社●写真

 吉原の狙いどおり、浜口は入門からわずか1ヵ月で国際プロレスのリングにデビューを果たした。1969年9月20日、岡山県高梁(たかはし)市民体育館。対戦相手は、本郷清吉。結果は、浜口の反則負けだった。

「何をどうしていいのかわからず、ただただ無我夢中でやって、何も覚えていないんですよ。いったいどうして反則負けなんてことになったのか......。本郷さんと言えば、熊本では"番長"と恐れられていて、僕の前にグレート草津さんの付き人をしていた人です。その先輩を相手に、まだド素人に毛が生えただけみたいな新人の分際で、何をやったんだか。おそらく、日本マット史上、いや、広く世界を見渡してもほかに例などない空前絶後の珍事、前代未聞でしょうね。

 それでも僕なりに、『こんなに早くデビューさせてもらったんだから、社長の期待に応えなくては』というのがあったんでしょう。気負っていました。ちょっとばかり思い上がっていたのかも。

 普通ならそれで、『アイツは鼻っ柱が強すぎる。扱いづらい』となったでしょうが、社長は違っていました。度量が大きいというか、そんな僕のガッツを買ってくれて、それからもチャンスをどんどん与えてくれて......。社長には、本当によくかわいがっていただきました」

(つづく)
【連載】アニマル浜口が語る「国際プロレスとはなんだ?」

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