長与千種が新団体マーベラスを旗揚げ。愛弟子・彩羽匠に託す思い (3ページ目)
その頃、長与は団体を作るかどうか迷っていた。
「全日本女子プロレスの松永会長が亡くなったとき、北斗晶から連絡が来て、『チコさん、星を隠してるでしょ』と言われたんです。星というのは、会長が言っていた“リングに眠る星”のことなんですけど。リングには星がいっぱい散らばっている。小さい星は簡単に取れるけど、ひと際大きい星はそうそう取れない。会長は生前、北斗に言ってたらしいんです。『長与はすごい星だ』と。それで、『星をそろそろ出してもいいんじゃないですか、じゃないと女子プロレスがダメになっちゃいますよ』と言われたんです」
長与はひとり、松永会長の墓参りに行った。炎天下の中、2時間墓の前に座り、「なんで自分なんだ」と怒りにも似た感情をぶつけた。全日本女子プロレスの歴史を受け継ぐなんて、自分にはできない……。しかし帰り際、「今度会いに来るときは、団体つくって来るから」と誓った。長与の結論は、自分は女子プロレスから離れることができないというものだった。
松永会長の他界後、父親がすい臓がんで亡くなった。モルヒネが効かず、全身麻酔での最期に言われた。「たったひとりでいいから、選手をつくれ。もう一度、見せてくれよ」――。分かった、と約束をして、父は帰らぬ人となった。父との約束と、全日本女子プロレスの親父たちとの約束。長与はふたつのものを背負った。
彩羽が店を訪ねてきたのは、そんなときだった。プロレスラーになりたいという強い思いを聞き、喉から手が出るほど欲しいと思った。しかし、「よし、来い」とは言えなかった。道場もリングもない状況だったからだ。それから2年が経ち、ようやくすべてが整いかけたとき、彩羽は大学を中退し、スターダムに入団してしまう。現実を受け止めるほかなかった。
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