【ボクシング】平成のKOキングが拳で掴んだ「一番のご馳走」 (2ページ目)

  • 水野光博●文 text by Mizuno Mitsuhiro  是枝右恭●撮影 photo by Koreeda Ukyo

 しかし、畑山は違った。パンチのないことも、打たれ弱いことも認めたうえで、『打たせず打つ』というプロボクサーとしての戦略を徹底した。『己の弱い部分すら受け入れて戦う』『人には光と影がある』。そのどちらも自分なんだということを、僕は畑山に拳で教わりました」

 坂本がリングを降りたのは、その畑山戦から7年後のことだ。「死ぬまで戦うんじゃないか、と思ってたんですけどね」と坂本は笑う。

「体力は落ちる、腰は痛い。でも、経験値は上がっている。相手の戦術を読める能力、『あ、今、打ってくる』ってことが事前にわかるようになるんです。まるで身体のなかに"戦いの神様"が宿ったように。でも、次の日には若手とスパーリングして、14オンスのグローブで、ヘッドギアもしているのに、パンチをもらうとパーンと効いてしまう。プロの試合は8オンスで、ヘッドギアもない。こんなんで、打たれても突き進むスタイルを貫けるのか......と不安になる。

 今日、身体のなかにいた神様が、明日にはいない。でもまた、現れたりする。だから、『まだチャンピオンを目指せる』と思える日と、『引退なのか』と思う日が、数日おきにやってくる。その繰り返しを、何年もやっていたかもしれないですね。今ならわかるんです。神様は長くは体内にいてくれないんだなって。ただ、続けることも、やめることも、決めるのは自分。生涯現役でも全然オッケーです。いいじゃないですか。人それぞれ、いくつもの"正義"がある」

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