2012.07.21

【柔道】初めての五輪も気負いなし。福見友子、堂々の金メダル宣言

  • 松瀬学●文 text by Matsuse Manabu
  • photo by Atsushi Tomura/AFLO SPORT

2002年に当時、国内無敵だった田村亮子を破った福見友子だが、五輪は今回がはじめてとなる 柔道の最大の注目が、初日に登場する女子48キロ級の福見友子である。1992年バルセロナ五輪以来、5大会連続で「YAWARAちゃん」こと谷亮子がメダルを獲得してきた看板クラス。国内無敵だった谷(当時・田村)を破ってから10年、ついに「ポストYAWARA」の呪縛から脱却する時がきた。

 迷いはない。子どもの頃からの夢だった五輪金メダルを獲得する。柔道を始めた8歳からつけている『柔道日記』。もう何度、「金メダル」という文字を記したことか。福見は言った。「充実している。ただ、ロンドン五輪で勝ちたい。金メダルを獲って、達成感に浸りたい。初出場なので、思い切りやりたい」と。

 27歳。5月の五輪代表最終選考会で優勝し、昨年まで世界選手権を連覇した浅見八瑠奈(あさみ・はるな)を退け、五輪切符をつかんだ。「遠回りしたけど、それが私の人生だった」と漏らした。満員の観客に向かって、「五輪で金メダルを獲ってきます」と声を張り上げた。シャイな柔道家にしては珍しいことだった。

 苦節10年といっていい。07年4月、世界選手権の最終選考会で出産から復帰した谷と対戦し、再び勝利を掴んだ。だが代表には谷が選ばれて優勝し、08年北京五輪の代表の座も奪われた。北京五輪後は3つ年下の浅見の台頭にあおられ、昨年はどん底を味わった。そんな時、『柔道日記』を見直し、自分に克つこと、自分の柔道に徹することを決めた。邪心が消えた。

 ロンドン五輪代表決定後、熊本・八代の強化合宿では大学の男子選手をパワフルな「仮想外国人」として、乱取りを繰り返した。組み手争いから、さばき方、受けの感覚を磨いた。6月の北海道合宿でも外国人をイメージしながら、投げ技から寝技の細かい部分を修正した。公開取材日。体全体に覇気が漲(みなぎ)っていた。