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【ボクシング】1年ぶりの勝利。長谷川穂積の「俺にしか紡げない物語」が始まった (3ページ目)

  • 水野光博●文 text by Mizuno Mitsuhiro
  • 矢野森智明●写真 photo by Yanomori Tomoaki

 ゴングが鳴った。

“エル・プリンシペ”、王子のニックネームを持つメキシコからやってきた刺客、フェリペ・カルロス・フェリックスは、この試合にかけていた。18戦全勝10KOの戦績を誇るWBCスペイン語圏フェザー級王者は、「ボクシング人生の転機。ハセガワに勝って、ジョニー・ゴンサレスに挑戦したい」と、引き立て役になる気などさらさらなかった。

 だが、開始1R、早くも主導権を握ったのは、長谷川の左ストレートだった。メキシコから来た王子の顔が次第に腫れ上がっていく。それでも長谷川陣営からは、しきりに「リラックス! リラックス!」、つまりムキになって打ち合うなという指示が飛んだ。

ライルズの指導について、長谷川は言っていた。

「新しい技術の習得よりも、基礎の反復が大半。たとえば打ち終わりのガード。本当にボクシングの基礎中の基礎。ボクサーにとって当たり前のことを忘れていたり、おざなりになっていた部分がいろいろあった」

 新トレーナー、ライルズは、「長谷川は近年、攻撃偏重で防御を忘れがちになっていた」と語る。ただ、その悪癖は、長谷川が多くのものを背負い続けたゆえの代償だった。所属する真正ジムの関係者は、本人の思いをこう代弁する。

「ジムのために、母親のために、日本ボクシング界のために、長谷川は勝ち続けなければいけなかった。しかも、スリリングに」

 5R、長谷川はバッティングで左瞼をカット。鮮血が滴(したた)った。そのインターバルで、セコンドの山下正人会長が動いた。

「いけるならいこう。左フックだけ気をつけてな」

 7R、長谷川は連打でダウンを奪う。リングサイドで観戦する長谷川の父・大二郎は「ヒヤヒヤしました。ラッキーパンチをもらわないかと」と、手に汗握った。だが、それも杞憂に終わる。立ち上がったフェリックスに、長谷川が左フックを浴びせレフェリーストップ。ゴングが鳴り響いた瞬間、「(去就は)自分の好きにしたらいい」と見守り続けた妻・泰子は、ハンカチで涙を拭った。

「久しぶりの試合で怖かった」

 大二郎は、「バンタムの頃と比べたら、まだまだな部分はあります」と語り、「でも、また世界を目指してくれると信じてます」と続けた。

 リング上には、レフェリーに腕を掲げられるよりも先に敗者に駆け寄り、敬意を表する長谷川の姿があった。勝利者インタビューで、試合内容に聞かれた長谷川は、「想像していた内容とは程遠いですが、今日はこれで勘弁してもらえますか」と、少し申し訳なさそうに言った。そして、今の思いを誰に届けたいかと聞かれて、こう答える。

「母に『勝ったよ』って言いたいです」

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