2021.11.26

「なんで今なんだろう」五輪前に気持ちがどん底まで落ちた佐藤美弥。今も悔やむ中田ジャパンで「疑問を残したまま」のこと

  • 中西美雁●文 text by Nakanishi Mikari
  • 坂本清●撮影 photo by Sakamoto Kiyoshi

元女子バレー日本代表セッター
佐藤美弥インタビュー 後編 

◆前編:江畑幸子、栗原恵ら競技人生を変えた出会い>>

 佐藤美弥が初めて日本代表に選ばれたのは嘉悦大学時代の2010年。しかし、この時はBチームとしてAVCカップに参加したのみで、本格的に代表でプレーしたのは2014年のこと。同年のモントルーバレーマスターズにも出場したが、佐藤は「まったく自信がなかった」と話す。

「前年にチーム(日立リヴァーレ)がプレミアに昇格したばかりで、リーグで全然勝てない時期でしたから、『なんで自分が』という思いもありました。最初にモントルーでコートに立った時は、足が震える感覚というか、すごく緊張した記憶があります」

中田久美体制の日本代表のセッターとして活躍した佐藤中田久美体制の日本代表のセッターとして活躍した佐藤 この記事に関連する写真を見る  その後、2016年のリオデジャネイロ五輪出場を目指したが、事前合宿には呼ばれたものの最後はメンバー落ちした。2015-16シーズンはリーグを準優勝するなど結果も出せていたが、当時26歳。次の東京五輪を考えた時に「30歳で代表を狙えるのかな。そもそも、それまでバレーができるかな」とさまざまなことを考えた。

 そんななか、翌年に中田久美が代表監督に就任。かつて日本代表で活躍した"天才セッター"が指揮官になって1年目の代表メンバーに、佐藤も選出された。

「リオ五輪に出られなかった時点で、東京五輪のことはあまり考えられませんでしたが、(その時の選出によって)曖昧だった覚悟が『東京五輪を目指す』とはっきり決まりました。だからか、世界と戦うのは2014年の時に比べると楽しみでしたね」

 中田監督からは、どんなことを期待されていたのだろうか。

「直接ではないですが、『トスの質がいい』と言ってくださったのを聞いたことがあります。ミドルの攻撃に自信を持っていたので、そのあたりを買われたのかもしれません。日本代表でも、ミドルを中心としたコンビを展開できたらというビジョンはありました」